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2016年

1月

08日

ドラマ「下町ロケット」における表象と人気の理由について

2015年に最も人気を博し、多くの視聴者の支持を得たTVドラマと言えば、TBS系ドラマの「下町ロケット」であろう。「下町ロケット」は、「半沢直樹」、「ルーズヴェルトゲーム」でお馴染みの池井戸潤による小説で、描き方や形式こそ違えど「ルーズヴェルトゲーム」と類似したテーマとして作られている。ドラマ「下町ロケット」では、第1話から第5話を「ロケット編」、第6話から第10話を「ガウディ計画編」の二部構成でストーリーが展開される。

「ロケット編」では、阿部寛の扮する主人公の佃航平は、宇宙開発機構の研究員であったが、ロケット打ち上げにおける失敗の責任を半ば強制的に取らされ、自分の父親の経営していた下町の工場を継ぐ道を選んだ。ロケット打ち上げ失敗の原因は、ロケットのキーテクノロジーであり、キーデバイスであるバルブシステムに問題があったことに気付いていた佃航平は、密かに競合他社の真似の出来ない高性能なバルブシステムを研究・開発し、特許申請及び製品化して、ロケットを宇宙に飛ばすという大きな夢を心の中で抱いていた。

ドラマ序盤は、主要取引先の京浜マシナリーからの突然の取引停止、資金繰り難の打開策としてメインバンクの白水銀行への3億円の融資申請、更には、大企業であるナカシマ工業からの特許侵害訴訟等、数々の困難な問題が次々と発生する。資金不足の佃製作所にとっては、これらの問題が長期化すれば倒産に陥ってしまう状況であった。そのような中で、大企業である帝国重工の宇宙航空部長の財前より佃製作所のバルブシステムの特許を20億円で譲って欲しいという交渉を持ち掛けられる。しかし、ナカシマ工業との特許侵害訴訟を逆訴訟という形で勝訴し、和解により資金を得た佃製作所は、帝国重工との取引を特許の譲渡や特許使用契約ではなく、帝国重工への部品供給という提案をする。

帝国重工としては、下町の中小企業からの部品供給では大企業の面子が立たないとして社内では大きな反対にあった。部品供給を受け入れてしまうと中小企業の佃製作所の技術力のほうが大企業の帝国重工より優れた技術力を持っているということを暗に認めてしまうことになる。

財前は、部品供給によるバルブシステムの取引を断る方向で考えていたが、佃製作所の作業工程を目の当たりにした時、佃製作所には、大企業をも凌駕する程の卓越した高い技術力があることを実感し、部品供給も有り得ると考えを改める。その後、行く手を阻む意図的な妨害もあったが、無事、帝国重工の製品テストをクリアし、最終的には財前が社長の藤間に7年前のセイレーンのロケット打ち上げの失敗の原因はバルブシステムであり、帝国重工のスターダスト計画の成功には佃製バルブシステムの搭載が不可欠であるということを訴え、その説得に成功する。これを受けて、佃製作所から帝国重工への部品供給が認可されたのである。開発・準備は順調に進み、ロケット打ち上げが成功して、帝国重工及び佃製作所の社内は、沢山の社員やスタッフ達の歓喜と感動の涙で満たされた。

 第二部の「ガウディ計画編」では、「ロケット編」から三年後の世界が描かれる。ロケット打ち上げ成功後も順調に業績を伸ばしていた佃製作所は、ある時、精密機器メーカー最大手の日本クラインから動作保証90日の小型バタフライバルブの試作品開発の依頼を受ける。一方、帝国重工の企業懇親会で財前と久しぶりに再会した佃航平は、今後のロケットのバルブシステムの採用については、コンペ方式としたいとの打診があった。その後、日本クラインとの取引は、NASA帰りのサヤマ製作所社長の椎名の周到な根回しと策略によって奪われる。椎名社長の背後には、アジア医科大の心臓外科部長貴船の存在があり、サヤマ製作所を強力に後押しした。時を同じくして、帝国重工におけるロケットのバルブシステム採用のコンペでも製品の性能では、佃製作所のほうが優れていたが、サヤマ製作所の椎名が、帝国重工宇宙航空部の調達グループ部長の石坂と結託し、巧みな根回しによって、性能面では劣るサヤマ製バルブシステムが採用される形となった。

一方、佃製作所に在職していた元社員の真野から「ガウディ」という心臓に埋め込む人工弁の開発依頼が舞い込んできた。この人工弁の開発が成功すれば、多くの心臓病で苦しむ患者を救うことが出来るという。この分野は、問題や課題が多いことに加え、人命に関わるという高いリスクが伴うことで、初めは、この依頼を受け入れることを躊躇していた佃は、元社員の真野、ガウディ計画に取り組む一村、共同開発者の株式会社サクラダの桜田社長の情熱と多くの心臓病患者に明るい笑顔に溢れた人生を送ってもらいたいという夢に心を打たれて全面的に人工弁開発に取り組む決意をする。開発を進める中、サヤマ製作所の椎名が策略を巡らせ、行く手を阻むが、この開発を進める一村をはじめ、佃製作所の開発チームの不眠不休の努力が、徐々に成果の形になりつつあった。

この頃、一村の師である貴船は、人工心臓の臨床試験を開始していたが、臨床試験患者の容態が悪化し、急死という事態に追い込まれる。同時に、この開発に着手していたサヤマ製作所にも事態の矛先は向けられた。その後、サヤマ製作所が、データ偽装をした製品を使用したことが明らかとなり、一気に劣勢に立たされる。このことを受けて、佃製作所は、人工弁の実用化に向けて開発を進める。また、このデータ偽装の情報を前以て得た帝国重工の財前は、リスク回避する趣旨から既にサヤマ製バルブシステムを次回のロケット打ち上げに採用することが決定していた案を全て白紙撤回させ、次回も佃製バルブシステムを使用することを社長に説得する。斯くして、人工弁の開発にも成功し、自分の夢であるロケットのバルブシステムの採用も叶い、今回のロケット打ち上げも成功に終わり幕を閉じた。

 

 物語の全体を通して、このドラマが描きたかったことは、一体、何であろうか。また、何故、昨今のドラマ不況の中、予想以上の人気を得られたのだろうか。

 このドラマには、メインフレーズにある「夢にまっすぐ」のように人間は、大きな夢と憧憬を持ち、それに向かって自分の信念と一途な情熱を傾けながら邁進していくことの大切さが描かれている。また、中小企業ではあるが、大企業をも凌駕する程の卓越した冴え渡る優れた技術力を誇り、確固とした信念、意地とプライドの気概を持つように、私達も日々、そのような姿勢を持つことの尊さが謳われている。

 一方で、ドラマ「下町ロケット」が、何故、人気を得られたかの理由は、実に明快である。佃製作所は、中小企業でありながらも大企業をも凌ぐ高い技術力に裏打ちされた高性能な製品を提供することで互角以上に渡り合っている姿に視聴者が心を打たれているのである。それはいみじくも日本も世界から見れば、小さな国ではあるが、世界と渡り合える経済力や製品力に意地とプライドを持ちながら生きてきた日本人そのものの気概や気質に相通じることであると言えよう。特に日本人は、昔から弱者に対して同情の心を持ち非常に優しい。所謂、「判官贔屓」の風土というものにもよく合っている。また、佃製作所が、中小企業というレッテルを貼られ大企業から見下されたように、私達の日々の生活においても様々なレッテルを貼られ蔑まれるようなことは数多ある。それ故に、視聴者は、皆、このドラマに対して、少なからず自分の人生や立場を重ね合わせ、我が事のように共感された方が多いのではないだろうか。そして、佃製作所の大企業にも勝る優れた技術力のように自分の誇るべき核となるような何かを重ねながら観ていたのではないだろうか。更に、佃航平が、「技術は嘘をつかない。」、「どんな難問にも必ず答えはある。」、「技術者は自分の無力さを知っているよ。毎日、壁にぶつかってばかりだ。だからこそ毎日、必死に腕を磨いて、徹夜で開発に没頭している。次こそはって信じている。」、「培ってきた技術力だけは奪えない。正義は我にありだ。」等の熱く語る言葉も心に響き、我々の胸を強く打ち、思わず目頭が熱くなったはずである。

 以上のようなことが、このドラマの人気の大きな理由の一因である。しかし、予想以上に人気を得た理由の最も枢要な要因は別の側面にある。

 それは、時代が、正に主人公の佃航平のように大きな挫折があっても地道な努力を続け、どんなに辛く苦しい難題にも歯を食いしばりながら、自分の確固たる信念の下、溢れんばかりの熱い情熱を傾け、真摯な姿勢で、常に前を向いて歩いていく人間を求めているのである。同時に、人と人とが支え合い、手を取り合いながら自分達の意地とプライド、信念を強く持って、お互いの信頼関係の上で、同じ目標に向かって邁進し、涙ながらにその達成の喜びを分かち合うということに今日の日本は枯渇しているのである。つまり、私達、日本人が忘れかけていた古き良き時代の大切な心や気概を思い起こさせてくれるからこそ予想以上に大きな人気となったことに他ならないのではないだろうか。端的に言えば、このドラマは、正しく日本が高度経済成長を遂げ、世界と渡り合えるように切磋琢磨し、努力してきた日本という国が歩んできた縮図なのである。

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2015年

1月

01日

「孤独のグルメ」と「アイアンシェフ」のテレビ番組における比較・検討を通じて見えた現在の日本社会の実情

 近年、テレビ東京系で放映されている「孤独のグルメ」というテレビドラマが人気を博している。本作は、元々、原作・久住昌之、作画・谷口ジローによる扶桑社の「月刊 PANJA」にて1994年から1996年に渡り掲載された漫画を実写化したドラマである。既に2012年から2014年の間でSeason1からSeason4までと実に4シリーズが放映された。深夜の時間帯でありながら視聴率は良好で、多くの人々に支持されたグルメ番組である。

このドラマの構成内容は、個人経営で輸入雑貨商を営んでいる主人公の松重豊が扮する井之頭五郎が商談先の各地に赴き、その土地を散策して、店を選ぶ。その店のメニューの中から自分の今、欲している料理を入念に選択して、ただひたすら料理を食してその心理描写を表現していく形式である。なお、主人公が訪れるお店は、高級料理店ではなく、所謂、B級グルメと呼ばれる大衆的な食堂・料理店である。正にリーズナブルな値段で食べ応えのある料理で空腹を満たすという趣旨を具現化している。また、実際に存在する料理店を題材にしているので、ドラマの描き方は、ドキュメンタリーの手法を用いている。

 一方で、近年、不人気であったグルメ番組を挙げるのであれば、フジテレビ系の「料理の鉄人」の復刻版として期待された「アイアンシェフ」である。本作は、2012年10月の放送開始から僅か6ヵ月間の短命番組となった。短期間で番組が終了した要因は、やはり視聴率の確保が出来ず、それが著しく低かったことである。「料理の鉄人」の主宰・鹿賀丈史、和の鉄人・道場六三郎、中華の鉄人・陳健一、フレンチの鉄人・坂井宏行から「アイアンシェフ」では、主宰・玉木宏、和のアイアンシェフ・黒木純、中華のアイアンシェフ・脇屋友詞、フレンチのアイアンシェフ・須賀洋介を新たに任命し、キッチンスタジアムと呼ばれる厨房のデザイン、メインテーマの音楽も併せて一新した。なお、アンアンシェフの構成内容は、毎回、テーマの食材が一つ挙げられ、それをアイアンシェフと挑戦者が自由な発想とアイデアにより制限時間内で料理を創作していくという形式である。その後、複数の審査員が両者の料理を食べながら、様々な薀蓄やコメント、総評を述べた上で採点する。合計の点数が高いほうが勝者となる。これは、初代番組の「料理の鉄人」の構成とほぼ同一である。しかし、「アイアンシェフ」は、かつて約6年間、高い人気を維持した「料理の鉄人」には程遠く、挑戦者の料理人も大御所の出演はなく小粒になり、視聴率は上がらずに番組終了という非常に厳しい現実を突き付けられた。

 このように「孤独のグルメ」は、現代の日本の視聴者に受け入れられ、人気を博し、かつて高い人気を誇った「料理の鉄人」の復刻版である「アイアンシェフ」は、多くの人々に受け入れられず、低迷の末に短命番組に終わってしまった。

 しかしながら、両番組の歴然たる差が生まれた要因とは、一体、何であるのだろうか。この主な要因の背景には、やはり世相というものに合致しているか否かが大きな要素となっているのではないだろうか。今日の日本社会は、バブル経済が弾けて以来、長期に渡る経済不況に陥り「失われた20年」と称される不景気がずっと続いている。従って、「料理の鉄人」が流行していた時代とは、日本の経済事情は大きく異なり、「アイアンシェフ」のような高級食材を扱った高級料理は、美味しいのは当たり前のことで、多くの現代人にとっては、アイアンシェフクラスの料理人が営む高級料理店で食事をするのは経済的にも非常に困難である。一方で、「孤独のグルメ」は、決して高級料理ではなく、主人公が商談に訪れた町の中にあるB級グルメのような大衆的な料理店であり、経済的に厳しい現代人にとって親しみ易く、心にもとても優しい内容である。

この両番組における視聴者側の心理的な受け取り方を代弁するならば、「孤独のグルメ」は、現代の経済不況という世相に合っているが故に非常に好印象であり、「アイアンシェフ」は、世相に合わない手の届き難い高級料理をテーマに扱っているが故に不快感や嫌味さえも含んだように受け取られることは数多あると容易に推察出来ると同時に不人気の一因ではないだろうか。また、現代の日本社会は、「格差社会」という大きな問題に直面している。「経済格差」、「教育格差」をはじめ、あらゆる場面で「格差」が存在する。更に、結婚率も経済不況に陥ってからは、低迷の一途を辿り、独身者は増える一方である。先述したように「アイアンシェフ」に出演する料理人達の営む高級料理店で食べることの出来る方々は、今日の日本社会で生きる人々の中ではかなり限定されてしまう。そこには、身分や地位による個々人の収入や所得の要素が介在し、食べることにおいてさえ必然的に格差が生じている。

しかし、「孤独のグルメ」は、一人でひたすら食べる姿を映し出し、それは自分自身の中での孤高の行為であり、至福の時間であるというテーマをダイレクトに描いている。これは、正に「食べる」という行為は、誰にでも平等に存在し、格差などは生じないという平等性を謳っていること、更にそれを一人(=自分)だけの至福の時間であるとしている部分は、我々、現代人が求めている権利や現代日本社会の実情及び現代人の生活様式をも的確に捉えていることが人気の理由である。言わば、「孤独のグルメ」は、「アイアンシェフ」のアンチテーゼとして生まれたテレビ番組であると言えよう。また、食べている時の感想も「アイアンシェフ」の審査員のように薀蓄や格式張ったコメント、総評を述べるのではなく、主人公の心理を端的に表現した呟きのようなコメントもTwitter(ツイッター)などが流行している現代にはよく合っている。顧客や人とのコミュニケーションでさえもIT革命の只中にある今日においては、PCによるインターネット上やメールでのやり取りが大半である。

これに対して「孤独のグルメ」では、商談のために訪れた土地を散策し、その土地の様々な風景に触れながら人々との触れ合いも同時に大切にしているところも心温かな内容であり、大変、秀逸である。これは、古き良き時代の風情を描き、現代を逆説的に捉えた良点であると言える。

 いつの頃からか日本は、人と競争するような社会へと変貌していった。確かに人と切磋琢磨していると言えば聞こえは良いが、特に何かにつけて勝った負けたを日頃から気にする世の中であり、勝ち組や負け組というレッテルを執拗に貼りたがる世情において、「アイアンシェフ」の料理における熾烈な勝負は、正に競争社会を彷彿とさせ、勝敗の出る決着は、我々、現代人の多くは、心地の良い内容とは決して言えず、寧ろ心の痛む思いをする方が意外と多いかも知れない。結局、料理やグルメとは、自分が満足することが大切であり、それは己の世界である。勿論、味も己の主観であるが故に自己満足と自己完結の「孤独のグルメ」に描かれた世界が料理やグルメにおける世界観そのものであり、「究極」なのではないだろうか。

 一連の「孤独のグルメ」及び「アイアンシェフ」におけるテレビ番組の対比、比較、検討を通じて、世相を的確に捉えながら視聴者や受け手の気持ち、求める内容を汲み取ることの大切さを改めて実感させられた。また、そのような世相を捉える視点や受け手の気持ちを斟酌することは、毎日、生活する我々の日常の中で、相手の気持ちや立場を考え、理解しながら思い遣りの心を持って、心温かに過ごすことで養われるものではないだろうか。

つまり、多くの優れた内容、作品、物などを創造することにおいてもまた様々な人々の状況やニーズを反映させ、心を高めながら、相手への思い遣りの心が根底にあってこそ初めて優れたものに仕上がるのである。

そのようなことを今日の日本の世相を窺いながら考える今日この頃である。


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2013年

3月

31日

第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)における日本の敗戦について ~敗戦の要因とWBCを終えてその先に見えたもの~

 2013年3月18日、第三回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の準決勝にて日本は、プエルトリコに敗れて三連覇の夢は、ついに叶わなかった。今般のWBCは、序盤、日本の参加の有無を巡って一連の騒動があり問題となっていた。しかし、日本が参加を表明して以来、着々と進むWBC代表監督人事の中で山本浩二氏が選出され、その後、参加選手の人選が開始された頃には、既に今回のWBCにおける日本の三連覇は、恐らく無いだろうと私は確かなる確信を抱いていた。その要因は、一点目は、四年前と比べれば、現役日本人メジャーリーガーが一人も参加していないことである。勿論、当時、日本野球界に在籍していた選手でも現在は、メジャーに移籍してしまった人も数多くいる。具体的に挙げれば、投手陣では、松坂、ダルビッシュ、岩隈、藤川、野手陣では、イチロー、青木、中島、福留(現在、阪神)、西岡(現在、阪神)、川崎などが今回は、挙って不在のため大きく戦力全体が低下していることは一目瞭然だった。同時に第二回WBCで日本の指令塔として活躍したキャッチャー城島に至っては、既に引退してしまっていることも非常に大きい。二点目は、代表監督の山本浩二氏も現役の監督を離れて久しいということである。戦況を分析する観察力、試合感覚や勝負所の判断力が鈍くなっている点については誰が見ても明らかであろう。また、戦力全体が低下していることについては、WBC代表に選ばれた選手たちが一番、よく分かっているはずである。特にチームの中軸となる絶対的な不動の4番打者が不在であることも非常に心許ない。打線というのは、4番打者を軸に機能することは言わずもがなである。これは、今日の日本球界における大きな課題でもある。

 練習試合・壮行試合の中で常に指摘される点は、打線が揮わず得点力に欠けることであった。不安要素を多く抱えたまま第1ラウンド、第2ラウンドを通過する過程で、やはり打線の貧打と投手陣の失点は、目立つ。かつて日本投手陣を称賛した表現である「鉄壁の投手陣」には程遠い。田中や前田でさえも本調子とは言えない。何よりプレッシャーによる選手の固さが気になるところだ。しかし、日本の転機となった試合は、第2ラウンドの台湾戦だった。日本は、相手チームに得点を許し、メジャーでも名高い王建民を中々、打ち崩すことが出来ない状態であった。9回表、2アウト、一塁走者・鳥谷でバッターは井端を迎える。鳥谷は、戦況を見極め、二塁への盗塁を成功させる。実に勇気の要る行動である。日本は、誰もが敗けてしまうと諦めかけたその時だった。まるで狙い澄ましたかのような職人技とも言うべきクリーンヒットを井端が放ち、鳥谷が生還して土壇場で同点に追いついたのである。落合監督に見込まれて、井端が何故、中日ドラゴンズのレギュラーをずっと維持してきたかの理由も明確に分かった打席だった。強い精神力、状況を読みながら的確なヒットを量産出来る高いバッティング技術を併せ持っているからに相違ない。これで勢いは、日本に傾くと同時に選手たちが一丸となり、今まであったプレッシャーによる固さが取れて、徐々に本来のプレーが戻ってきたのである。窮地を経験することで、自分を信じて戦う勇気を取り戻したかのように見えた。そして、その後の試合も好調で第2ラウンドは見事、第1位通過を果たした。あと二勝すれば三連覇が達成されると国民の胸に大きな期待が芽生え始めたことであろう。しかし、実際、海を越えて敵地のアメリカに渡ってから状況が一変した。選手たちにまた、例の固さや緊張の色が窺えた。勿論、三連覇を達成すること、敗けたら全て終わることへのプレッシャーはあるが、何よりも慣れない異国の土地柄、更にプエルトリコ戦の予定されているサンフランシスコ・ジャイアンツのホームグラウンドである「AT&Tパーク」が予想以上にプレーし難いグラウンドであったことがきっと多くの選手達に大きな不安を抱かせたはずである。これは、浜風の風向きや特異形状のフェンスへのボールの跳ね返りが今まで日本では全く経験したことが無いようなものであったからであろう。運命の日、日本は激しい緊迫感の中でプエルトリコ戦に臨んだ。先発・前田は、序盤、崩れかけて失点を許すも見事、立て直し素晴らしい好投を見せた。しかし、二番手の好調と太鼓判を押されていた能見が打ち込まれる。一方、日本は、何度も得点のチャンスを作るが、相手投手を打ち崩すまでには至らない。また、打ち気にはやる場面が幾度もあり、所謂、悪球に手を出している。試合を決定付けた8回裏、鳥谷は鮮やかに長打を放つ。優れた選球眼によって狙った球を確実に捉える技術が、彼の比較的に小柄で力負けしているハンデをカバーしている。井端も燻し銀のような巧みなクリーンヒットを放ち鳥谷が生還する。内川もヒットで続き、ランナーは、一塁・内川、二塁・井端の場面で4番・阿部を迎える。ここで問題となった内川選手の走塁ミスが発生して日本は、これ以上、追加得点出来ず1点止まりに終わった。そのまま9回を迎えプエルトリコに敗れ、三連覇の夢は、儚く散っていったのだった。

  プエルトリコ戦の敗因は、8回裏の走塁ミスにあることは誰の目からも明らかであろう。但し、1アウト、ランナー1塁・2塁、バッターは4番の阿部である。野球のセオリー(理論)から言えば走る場面では決してない。ところが山本浩二監督のサインは、「ダブルスチールしても良い」というサインだったそうである。これは、「隙あらばダブルスチールすることを許可する」という意味であり、その判断を選手に委ねた形である。ここで一塁の内川と二塁の井端との間に何か共通の認識の出来る意思疎通がなされていないとするならば、これは明らかに山本浩二監督の采配ミスである。何故ならば、「ダブルスチールしても良い」とあくまで選手に委ねた形であるが故にこの二人の走者間に共通認識の意思疎通がなされていないとすれば、両者は全く違った考えの下で行動するからに他ならない。では、一体、何故、山本浩二監督は、この場面で「隙あらばダブルスチールすることを許可する」というサインを出したのであろうか。これは、恐らく台湾戦の時と同様に考えて大きな賭けに出たのではないだろうか。つまり、台湾戦は9回表、2アウト、一塁・鳥谷でバッターは井端を迎えた場面で、鳥谷が状況を読み二塁盗塁を成功させたことで、井端がクリーンヒットを打ち、起死回生の同点になった時の残像が山本浩二監督の脳裏に焼き付いて同じような展開になることを考えたはずである。確かにダブルスチールが成功すれば二塁・三塁となり、阿部の長打で同点と考えられなくはない。しかし、プエルトリコ戦のあの場面は、台湾戦の時とは状況は全く違う。まず、プエルトリコと台湾では、比べものにならないほどプエルトリコのほうが強い。更にキャッチャーは、メジャーでも有数の名捕手・モリーナである。もっと慎重に行かなければならない場面である。何よりあの場面で走ることはリスクが大き過ぎる。更に言えば、台湾戦は田中の起用方法を間違えた監督・コーチ陣を井端と鳥谷が救った奇跡の勝利と言っても過言ではない。

 今回の日本の敗戦を総括するならば、4年前に比べて、戦力全体が低下傾向にあるために投手陣が得点を多く取られていること、打線の得点力不足が主な原因である。更に先述したように山本浩二監督による采配ミスで敗戦が決定的となった。しかしながら、采配ミスは、何もプエルトリコ戦の時だけではなかった。先にもあったが、台湾戦の田中投手が失点した時も投手交代の機を読み間違えている。その他にも細かな采配の瑕疵は、何個かありそうだが、いずれも選手の頑張りで山本浩二監督は、何度も救われているはずである。これ以外の敗因として敢えて挙げるのならば投手の起用方法もどこか不自然である。とりわけ、何故、一番、実績のある杉内、内海の出番があのように少なかったのかも未だに疑問であると同時に腑に落ちない。一体、彼らのプライドや面子は如何になるのだろうか。これは、山本浩二監督のみならず、東尾投手コーチなどにも関わってくる問題であろう。また、投手の人選的な根底から言えば、パリーグ、セリーグの投手の比率が6:4の割合で選ばれており実に偏った人選を行っている。

 日本は、今回のWBCは、確かに敗退はした。しかし、一方で思わず目頭が熱くなるような場面が幾度となくあった。敗退したその先に我々がみたものは、それぞれの選手の野球人として確固とした生き様だった。井端選手が何度も窮地でクリーンヒットを打つ姿。そこには愛する妻の支えがあった。内川選手は、人一倍、情熱を持って日の丸を背負い臨んで、奮闘の末に流した涙。そこには紛れもない野球人としての誇りと責任感の強さを感じた。前田投手の負けん気と根性で投じた気迫溢れる投球。そこには、日本の意地を見た。中田選手は、豪快にバットを力の限り振り抜く姿があった。今は未だ力負けをしているが、近い将来、日本の4番となる片鱗を見た。このように厳しい戦いの中で、侍JAPANの戦う姿は、どんなに辛く苦しい状況においても共に助け合い、自分を信じる勇気を持って戦い抜き、決して諦めずに乗り切ろうという気概や心を我々に示してくれた。それは、まさに日本人の古来から受け継がれる精神そのものだった。敗戦したにも拘わらず何だかとても心が温かくなり、大変、感動しているところもある。4年後、WBCの優勝を目指して再び王座を奪還出来るように励んでもらいたい。また、参加選手を始め、多くの日本球界の選手にとって今回の敗戦が大きな明日への糧となり、今後、益々、日本野球のレベルを高めていってもらいたいと切に願う次第である。

 

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2012年

1月

05日

「TPP論~日本国家を揺るがす問題点を巡って~」

今日の日本の政治においてTPPを巡る問題は、まさに日本の国政の行末を左右すべき大きな争点となっている。
2010年10月1日の菅総理の所信表明演説では、「平成の開国」と銘打ってTPPへの参加に向けた意向が宣言された。
TPPとは、周知のように「環太平洋経済連携協定」(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)のことである。
元々、2006年にAPEC参加国であるシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの四ヵ国で発効したEPA(経済連携協定)(=通称・P4協定)が基礎となっている。
当時は、経済力としては、比較的に小規模国家の参加だけであったことからそれほど注目を集めなかったが、アメリカがTPPへの参加を表明して以来、一躍、脚光を浴びることとなった。現在では、原加盟国四ヵ国に加え、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアの五ヵ国を追加した九ヵ国で拡大交渉中である。
TPPの主な目的は、加盟国間の自由貿易化であり、2015年までに取引される全品目に対する関税の完全撤廃を目指している。
また、TPPの取引において「包括的経済連携」として具体的に検討されている事項は、(1)首席交渉官協議、(2)市場アクセス(工業製品)、(3)市場アクセス(繊維・衣料品)、(4)市場アクセス(農業)、(5)原産地規則(原産地品証明制度)、(6)貿易円滑化(税関手続きの簡素化)、(7)SPS(衛生植物防疫)、(8)TBT(貿易上の技術的障害)、(9)貿易救済(セーフガード)、(10)政府調達、(11)知的財産権、(12)競争政策、(13)サービス(越境取引)、(14)サービス(商用入国)、(15)サービス(金融)、(16)サービス(電気通信)、(17)サービス(電子商取引)、(18)投資、(19)労働、(20)環境、(21)制度的事項、(22)紛争解決(政府間による協議)、(23)協力(人材育成等)、(24)分野横断的事項特別部会(中小企業、競争、開発、規制関連協力)の24分野となっている。
(※上記、24分野については、外務省HP内資料「TPP協定交渉の概括的現状(12月)」及び国家戦略室HP内資料「包括的経済連携の現状について(11月)」を参照により作成)
上記、いずれの分野においても様々な問題点が考えられ、日本は、不利益を受けると同時に国家基盤を揺るがす危険性を伴うことが予想される。
歴史的に紐解けば、世界に向けたアメリカのグローバル化戦略は、アメリカの規制・規律を各国に普及させて、常に自国にとって有益であり、競争有利な立場を創り出すことで利益が還元出来得る仕組を推進してきた。
また、日本においては、戦後、日米同盟の下にアメリカの傘下に入っている。従来から日本にとってアメリカの意向や圧力は、極めて影響力が強く、日米の政治的な背景や交渉を一つ取って見ても日本が如何にアメリカに隷属してきたかが一目瞭然である。今回のTPPも例外ではなく、まさにアメリカが主導権を握り、舵取りをしていくことに相違ない。
今日、アメリカは日本のTPP参加に対して異様なまでの圧力と早急な対応を要求している。一方で、日本は、鳩山政権からの米軍基地問題によりアメリカの抱く不信感は増し、小沢一郎を含む対中政策などで日米関係の悪化は、顕著に露呈された。さらに、これに追い打ちをかけるように2010年9月の尖閣諸島事件が勃発するのである。中国に脅威を感じた日本は、手の平を返して日米関係の修復に向けた。TPP参加についてもアメリカの御機嫌を損ねないために参加せざるを得ない状況にある。
ところで、TPPにおけるアメリカの狙いは、如何なるところにあり、日本の参加を執拗に急がせるのは、一体、何故だろうか。
日本は既に他のアジア圏諸国とEPA(経済連携協定)交渉が推し進められている。これに対して、アメリカは、アジア圏諸国との経済連携や交流では遅れをとっている。それ故に焦りを感じているのであろう。従って、アメリカにとってTPPは、遅れているアジア圏諸国との経済連携の輪の中に参入するための戦略であり、出来るだけ早期に実現したいのである。
さらに、このTPPを利用して日本を取り込んだ上で、未だ参加表明はしていないが今やGDPにおいて世界第2位にまでなった経済大国である中国との国交・貿易による交流を見据えている。また、アメリカのTPPにおける経済面の目的とは、貿易の自由化によって輸出量を大幅に増大させ、自国経済に利益を還元して国内の雇用を拡大するという自国政策戦略の一環なのである。
日本は、このTPP参加を巡って、先述した「包括的経済連携」における24項目の取引内容の中でとりわけ国家基盤を揺るがすほどの危険性を伴うことが予想される事項が四点ほどある。
一点目は、アメリカがTPPに最も力点を置いている「サービス」分野が抱える問題についてである。アメリカは、サービスを中心とした貿易を行う輸出国であるのでサービス分野に力を入れる姿勢も頷ける。TPPにおけるサービス分野は、「越境取引」、「商用入国」、「金融」、「電気通信」、「電子商取引」の5つが該当するが、とりわけ「金融」については、大きな問題を抱えることが考えられる。日本の保険業界での外資との競争、郵政民営化による簡保(=簡易生命保険)等の問題が挙げられる。
アメリカは、1990年代半ばより日本における民間の保険市場への参入を要求した。日本は、保険業法を改正することでアメリカの日本の保険業界への上陸を許し、外資系保険会社との熾烈な競争を余儀なくされた。その後、次なるアメリカの狙いは、「簡保」(=簡易生命保険)に移った。簡保の抱える100兆円以上ある莫大な総資産は、アメリカにとって実に魅力的であったが、当時は、日本が国有化しているために外資が買収することは到底、不可能であり手出しが出来ない状態であった。
ところが、小泉政権における郵政民営化によって郵政公社を四分社化して、簡保とゆうちょ銀行において政府が100%所有する株式が外資の買収の対象になってしまったのである。この時、日本郵政における株式と資産に対する売却凍結法が施行されたので当該株式が外資に買い占められずに海外流出を危うく免れた。今後、TPPにおいてこれらが再び崩れかねない危機的状況が十分に予想される。また、アメリカが国内の保険業界への更なる進出が想定されるのは農協の「共済」であろう。このようにアメリカは、自国利益のために日本の保険業界に次から次へと標的を絞りながら進出しようと試みているのである。
二点目は、「投資」分野が抱える問題についてである。アメリカは、1980年代後半より投資のグローバル化という、所謂、投資の自由化を目指した。しかし、WTOでの投資政策をはじめ、OECDにおけるMAI(多国間投資協定)、FTAA(米州自由貿易地域)などにアメリカの投資方針の推進・交渉を進めてきたが全て各国から断られる結果となった。各国は、アメリカに対して自国経済が支配されてしまうのではないかという強い懸念を一様に示した。アメリカの投資の基本理念は、「内国民待遇」という外資を国内企業と同等に扱うことが挙げられる。これは、他国における外資への規制を廃除して、他国でアメリカの企業や投資ファンドが自由に利益追求を図ることが出来るという狙いがある。
従って、経済大国であり、巨大な資本力を持つアメリカに経済を支配され、各国が事実上の傘下に入りかねない危険性が想定され、今回のTPPにおける日本にとってもまた同様な危険性が生じる問題と考えられる。また、アメリカ資本の傘下に入る企業は、株主の利潤追求に有り、現在より一段と厳しいリストラなども含めた米国式の成果主義が採用されるであろう。
三点目は、「市場アクセス」分野における「農業」の抱える問題についてである。日本の穀物の自給率は、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスよりも大幅に低く、外国からの穀物の輸入によって大方を賄っていると言える。
従って、日本人の主食である米まで自由化することは、まさに食料全体の自給率を大きく低下させ、危機的状況に堕ちると言っても過言ではない。これは、国家として自給して自立が出来なくなることを意味する。
また、一方で、同じ食料という分野で大きな争点となりそうな問題が牛肉の輸入についてであろう。BSEに関する全頭検査をはじめ、その他における徹底した衛生面の管理体制が必要となってくる。但し、海外は、日本ほど衛生管理は、行き届いていないのでこれらで発生する様々な病気・疾病のリスク、健康面への侵害などが考えられるので要注意事項である。
四点目は、未だTPPの検討事項では挙がっていないが、この他にアメリカが狙っている分野があるとすれば、それは「医療」に関する分野であろう。アメリカは、既に小泉政権時代に混合診療の解禁を強く求めた。この混合診療とは、厚生労働省認可の保険診療と保険が適用されない非認可による保険外診療を併用するという内容である。小泉政権では、混合診療を高度・先進医療分野に限った部分的な承認をした形であり、いずれ保険診療に移すという目論見があった。しかし、これらの概念が崩壊すれば、政府の許可を受けず、価格是正のされない薬がいつまでも保険診療に移行されず、高額負担のまま永続的に日本で使用されることになろう。
一方で、外国人医師の受け入れについても既に検討されている。もし、外国人医師の国内での診療が可能になれば、必然的に高額負担の混合診療が全面的に解禁の方向へと推し進められてしまうことになる。
今や日本は、否応無しにTPPへの参加を余儀なくされている。勿論、参加しなければ、日米同盟における友好関係の悪化、さらには、国際化の昨今においては、当然、孤立して取り残されてしまうであろう。日本は、世界的な経済力では、未だ上位であるが、国土の広大なロシアや中国のような自国経済力だけで運営していけるほど強力な経済基盤ではないという弱みもある。しかし、TPPに参加するにあたっては、先述した懸念事項も踏まえながら日本の国政、国民の安全等、如何なることがあっても死守すべき事項については、断固として強い姿勢で交渉に臨み、例外措置としての除外事項及び規制や特別な定めを創出することこそが最も枢要なことである。日本国民が傷みや苦しみを伴い、国家が路頭に迷うような忌まわしき事態は、決して避けなければならない。
今こそ我々国民と政治家、各省庁機関が三位一体となって、守るべきものに対する確固とした信念と意志の下に強固な対応を貫いていくべきではないだろうか。

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2011年

7月

27日

「経済不況における中小企業への期待~中小企業の抱える問題と政策・支援体制を通じて~」

 

 戦争における大きな喪失感の後に、「米ソの冷戦」が崩壊して以来、専ら自由競争社会の資本主義(民主主義)が主流を成していった。

同時に情報・通信技術が目覚ましい発展を遂げる一方で、世界規模の経済化と経済市場のグローバリゼーションへの変革が強く求められていた。日本は、高度成長を遂げ、大量生産、大量消費の産業構造を創り出していった。しかし、90年代のバブル経済の崩壊によって国の経済力は激しく落ち込み、所謂、「失われた10年」において、経済構造の深刻な問題に直面したのである。この大不況により日本型経営と呼ばれる終身雇用制、年功序列制賃金、株式の相互持ち合い、企業間の長期継続取引、企業別組合制度、下請・孫請及び系列制などが崩壊の一途を辿った。さらには、企業の開業率を倒産率が上回るという事態にまで及ぶ結果となったのである。また、今日では、企業も含め日本は海外からの経済影響を如実に受けている。これは、資本主義が世界規模のグローバル・スタンダードを掲げるようになって以来、急速な国際化により多国籍企業が国境を越えて合併・買収・提携などの資本連携を形成していったことで海外不況等の被害や波及を一段と受けるに至った経緯がある。また、現代の国際化には、膨大な情報量が瞬時にして国境を飛び交う第三の革命とも言うべき「情報革命」が背景としてある。

日本は、米・欧などを軸とした多国籍企業の形成という世界独占体制を築くことによって、確かに従来より幅や規模(市場や経済)は拡大したが、一方では、海外の悪循環による経済不況の被害も否めず、国の経済体制・産業構造を揺るがしている昨今、その見直しを迫られているのも明白な事実である。

近年、日本のみならず各国において、このような世界経済の動揺と不安定性の逼迫に対して、中小企業の発展・役割が自国経済の活性化の原動力になることへの大きな期待が寄せられている。今日の日本では、連日の如く中小企業の倒産・破綻が相次いでいるが、中小企業が最も多く企業数の割合を占めているので、「中小企業の発展」が国の経済を活性化させることにより、全体的な経済力及び経済水準の底上げに繋がることは自明の理である。

また、国際機関のILO(国際労働機関)、UNIDO(国連工業開発機関)、OECD(経済協力開発機構)、UNCTAD(国連貿易開発)やあるいはEU(欧州連合)及びASEAN(東南アジア諸国連合)に至るまでが挙って中小企業の重要性を強く提唱し、急速的な発展・育成を希求している。

世界では、グローバル経済の大きな枠組みにおいて、中小企業の存在意義あるいは急速的な成長・発展というテーマは世界各国とも共通している。一方で、新たな中小企業への政策・施策の体制創りや編成・改編など多岐に渡る課題も山積みである。

しかしながら、各国における期待の観点や政策の展開における違いは実に様々である。そこには中小企業への定義付け・範囲・観点・理念・目標さらにはその国々における特有の風土といった多種多様な要素の差異が介在するからである。

従って、このように各国の経済体制及び産業構造における環境の中で生じる差異の多様性と共に時代の趨勢が中小企業の担う役割を様々に変化させていくのである。

ところで、中小企業とは、総じて多様性と多角的な要素を併せ持っている。それ故に発展・進展の期待の反面、様々な問題が生じる二つながらの側面がある。

中小企業が抱える問題とは、今日の多国籍企業が多く存在するグローバル世界経済が中小企業に対して新しい構造的問題を生み出していることや大企業とは、諸条件や環境面及び会社の資本力等に大きな違いがありながらも同様な位置づけでグローバルな経済体制への対応・順応を余儀なくされていることなどが挙げられる。

これらの問題に直面した時に日本のみならず諸各国は、一体、何をするべきだろうか。それは、中小企業の問題点を分析・比較検討をしながらその原因・起因を明確に打ち出すことにある。周知のように中小企業は、安定性こそ無いが、時として中堅企業・大企業に成長及び発展することもある。また、零細企業であっても業績に優れている企業は数多ある。

それ故に、中小企業の問題を明確に分析して、それに対する政策・施策を展開して国家単位で強力に支援していく体制創りをすることこそが肝要である。日本で言えば、銀行の貸し渋りの解消、国の補助金制度、その他資金援助、資産運用支援など抜本的な中小企業を支える支援体制が必要なのである。

中小企業の未知なる成長や発展に期待を寄せながら様々な支援体制の下で最大限運用していけば、自国経済の活性化にも繋がり、全体的な景気の底上げの一助あるいは豊かな日本経済再建の鍵にも成り得るはずである。

また、中小企業という草の根を強化して確固とした礎を築けばこそ不況の時でさえ大崩れしない強固な日本経済基盤を確立できるのではないだろうか。

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2011年

3月

06日

「Eagles(イーグルス)コンサートに行って<2011.3.5 東京ドームにて>」

昨日は、念願のEaglesのコンサートに行って来ました。実に7年ぶり5度目の来日ツアーである。

 思えばEaglesは、1971年にデビューを果たし、「Take it easy」のシングルやアルバム「Desperado(ならず者)」等が立て続けにヒットし、それ以降のロック志向路線のアルバムでは「オンザボーダー」、「呪われた夜」などを発表し、カントリーとウェストコーストロックの二つながらの顔を併せ持つロックバンドとして確立されていった。

 1976年にベストアルバム「グレイテストヒッツ 1971-1975」が大ヒットを挙げ、同年、彼らの代表作の一つである「ホテルカリフォルニア」を発表した。当時のアメリカ社会を風刺して鋭く批判する内容となっている。この曲を以って、彼らのアメリカロック界での地位は不動のものとなっていった。

 しかし、ヒットを続ければ続けるほど次回作に対する世間の期待は波濤のような勢いで押し寄せて来る。一方で、彼らも今まで以上の作品を提供しなければならないというプレッシャーでついには行き詰まってしまった。彼らが下した結果は、「解散」という決断でイーグルスはその歴史に終止符を打った。

それから十余年の時を経て、1994年、彼らは不死鳥の如く再び活動を始め「再結成」を果たした。2004年から「Farewell Tour」を敢行し、2007年にはニューアルバム「Long Road Out Of Eden」を発表したことで再び世間から脚光を浴びながら現在に至る。

 

 本日のコンサートは、「Long Road Out Of Eden」からの新曲やお馴染みの「ホテルカリフォルニア」など新旧の楽曲が融合する実に色彩豊かな内容となっている。注目すべきは、彼らのボーカル力をはじめ、サウンドを奏でる技術力とセンスの高さに尽きる。アンコールでは、「Take it easy」、そして、ラストの曲はやはりお決まりの「Desperado(ならず者)」で締め括った。

特に「Desperado(ならず者)」は、彼らにとっても特別な思い入れのある曲であると同時にアメリカロック界をはじめ世界中で認められる珠玉のバラードの一つであると言えよう。

 

 私は、この曲を聴きながら何か物悲しくもあり、人々の人生の困難の数々を彷彿と蘇らせながらも自分自身の歩んで来た道程を重ねながら思い起していた。また、彼らの日本でのコンサートが年齢的にこれで最後になるかも知れないという一抹の寂しさも過ぎった。

Desperado」の曲が終わると会場からは絶え間ない拍手の渦と歓喜で満ち溢れた。さらに会場全体の観客が立ち上がりスタンディングオベーションで彼らを見送った。

 昨日、Eaglesのコンサートを聴き終えて私自身、得も言われぬ感動を得た。彼らのボーカル力やサウンド技術は他の日本に来日してきた歌手とは一線を画しており、比較にならないほど卓越している。まさに別格とはこのことである。

長い間、常に第一線で活躍し、多くのファンに愛され続けて来た要因と確固とした証がそこにはあった。

 もはやアメリカロック界のみならず全世界の音楽界における至宝であり、金字塔と呼ぶに相応しい存在である。

これからも彼等の栄光は後世に語り継がれ、世代を越えて愛され続けて行くだろう。ここ近年のEaglesは、年齢を重ねて得たゆとりからか益々、総合的な音楽力には磨きがかかり、一段とその輝きは増しているように感じられる。今後も体力の続く限り、変わらないパフォーマンスを提供してもらいたいと同時に世界規模の音楽界において尽力してほしいと切に思う。

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2011年

1月

23日

「失われゆく街並」

新年も明けて公式の写真を撮影しなおそうと行きつけの写真屋に足を運んだ。そのお店は、写真撮影に並々ならぬこだわりを持つ店主とスタジオさながらの設備のある写真屋である。
別段、写真を何に使うというのではなく、以前の証明写真がかなり古くなり現段階の写真を作っておきたいという思いから今回、新たに写真撮影をして証明写真を作りなおすに至った。

店に着くとシャッターが下りて閉まっている。ふと一枚の貼り紙に記載された内容を確認すると「昨年、12月を以って閉店とします。長い間ありがとうございました。」と書かれていた。
私は、今までこの写真屋との色々な思い出が回想され、心に得も言われぬような喪失感と深い寂しさに溢れ、激しい涙で心が満たされた。暫く店の前に佇んだまま言葉が出なかった。
思えば、浪人して大学受験用の証明写真を撮影して合格を手にした時も、初めて新卒で内定を掴んだ時の証明写真も重要な試みがある時は常に私はこのお店に写真を依頼していた。
そんな思い入れと共に歩んできた写真屋だからこそ何より悲しかった。また、このお店は、大正10年から開業し、何世代にも渡って受け継がれてきた老舗である。その地域に根付いた人々が昔から何かの記念があればよく赴いた名店だった。
閉店の原因は、やはりお客が激減したからではないだろうか。現代は、機械の精度などが上がったことにより証明写真でさえもスピード写真あるいはデジタルカメラで撮影しプリントするなど所謂、「デジタル化」が進んだことも大きな要因と言える。特にこのお店の写真は、一枚一枚を手焼きで仕上げるためコストも非常に高い。しかし、その分、とても完成度の高い写真を提供し、そのクオリティーは決してデジタルでは真似の出来ない技術や技巧が施されている。
私達の現代は、昔より遥かに物は豊かになり毎日の暮らしを営む上ではとても便利になった。
しかし、一方でこのような「マイスター」とも言うべき職人の技術や古き良き街の風情とも言うべき老舗はどんどん失われゆく。どんなに時代が変革しても職人の高い技術や手作りで仕上げていく物を私達はもっと大切にしていかなければならない。
職人の技術が如何に優れているかは周知のように、ドイツのギルドから発するマイスターと呼ばれる人々の頑なまでに磨き上げられた技術や技巧は精巧かつ洗練されたものであることからも一目瞭然と言えよう。
まさに長い年月の鍛錬の末に築き上げられた「職人技」である。また、歌手も秀でた人を「マイスタージンガー」(=親方歌手・職匠歌手)などマイスターの称号の一つで表現されるようにドイツでは「職人」というものが、大変、尊ばれている。
例えば入学・卒業の記念、成人式、結婚式あるいは家族の集合写真、お子さんの写真などこのような高い技術と手焼きで仕上げた何年経っても色褪せない記念写真があったらこの上ない感動があるのではないだろうか。きっとこの写真達が良き思い出を色鮮やかに蘇らせてくれるはずである。また、古くからその地域に根付いたお店や街並とは一体、何を物語っているのだろうか。それは、その街に住む人々の思い出であり、暮らしの営みであり、我々の記憶そのものである。現代ではこのような古き良き風土や街並というものが単に失われゆくだけではなく大切な思い出や記憶も同時に喪失しているのである。
そんな日々の失われゆく街並や今日の在り方に憂いと郷愁を抱いている今日、この頃である。

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2010年

12月

22日

「ついに帰ってきた闘将・星野仙一監督~楽天が熱くなる~」

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2010年

10月

08日

「闘将・星野仙一氏、楽天の監督に秒読み段階か?」

 日本テレビのニュースZEROでもお馴染みの現・阪神タイガースSD(シニア・ディレクター)の星野仙一氏が楽天の次期監督候補に挙がっている。既に楽天は阪神にも監督就任の了承を得ているとのことである。今夜、放送されたZEROにおいては未だ正式なオファーは来てないという一方で、阪神がクライマックスシリーズの最中ということもあり、恐らく正式には日本シリーズが終わる頃に決まるのではないだろうか。
思えば、彼は中日の監督時代も何度もチームをAクラスに導き、リーグ優勝も果たし野球界に大きく貢献した。そして、野村監督でさえ成し得なかった阪神タイガースを優勝に導き勇退したが、それ以降、阪神タイガースは誰もが認める常勝球団になっていった。
そして、我々の記憶にも新しい北京五輪での日本代表の監督に就任した。しかし、不本意な4位という結果に終わり国民の非難・怒りを連日浴びてその威光は徐々に光を失っていった。この北京での敗戦により星野氏に対する世間の非難の厳しさなどで娘さんの体調が悪くなったり、お孫さんが虐めにあったりとどん底まで落ちていったという。自身も家族は関係ないのに被害にあっていることで自分自身が情けないと悔しさを噛みしめていた。
星野氏と言えば、「燃える男」や「闘将」など時には鉄拳制裁も有名だが、実はその裏には確固とした仲間やチームのみんなへの信頼というものが根底にあり、いつもみんなを鼓舞して立ち向かっていくことを教え続けてきた故にそれを意気に感じて励む選手は実に多いのである。

かく言う私も彼の監督の姿勢を拝見してたくさんのことを教えられた。困難や苦難があっても逃げずに立ち向かっていく姿勢や怖さや不安があっても一歩踏み出すこと、何より闘う勇気を持つことの大切さに気付かせてくれた。
いつも逃げ腰になる時は、星野監督が選手に言う「悔しくないのか、逃げるな!失敗しても良いから向かって行け」という言葉を思い出す。

彼のそのような情熱や姿勢はきっと私のみならず多くの人々にたくさんの勇気や良き影響を与えているのではないだろうか。
北京五輪後に彼自身、「色んな厳しいことや非難、批判などで叩かれて這い上がって来たのが私ですから」と語っているように私達は他人の毀誉褒貶を気にしたり、物事への失敗を恐れてはいけないということではないだろうか。

いずれにせよ、彼がまたユニフォームを着て闘う姿を拝見したいと強く願う。

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2010年

9月

02日

「日本の学歴社会による実態(学歴格差)」

「日大か無理だな」という記事

http://careerzine.jp/article/detail/1325

 

大学卒業後とある雑誌で人事の方々が座談会形式で意見を述べて赤裸々に学歴重視の見解を述べていたので学歴差別があるのはよく知っていました。

例えば、ある有名企業の求人があり、そこには大学卒と記載されているとします。勿論、「大卒」ならば応募資格はありますので応募は受けつけ選考基準になります。しかし、これは表向きの易しい書き方であり、実際、人事の採用担当は「●●大学以上」とか「6大学の書類は取敢えず通す」など裏の内規があるのです。つまり、端からマイナー大学や無名大学は選考基準外になっており、有名大学出身者が優位に進んでいくよう品定めされていることは事実です。当然、新卒でも同様のことが言えます。また、これは日本古来から今日に至るまで受け継がれている学歴社会の実態です。これでも昔よりは多少、緩和されてきています。団塊の世代が学生時代の時のように国立大学が絶対的な権力を持ち、とりわけ東京大学が金科玉条のごとく扱われていた時代とは少し状況は違ってきています。今や東京大学の方でも就職活動は苦しむ時代です。
色んな雑誌や人事の見解を総括して考えたとき私は一つの結論に到達しました。つまり、特に日本の超優良企業や財閥系商社などになればなるほど、高校も一流高校、大学も一流大学、そしてその一流大学の中でも「A」が20個以上や「A」が全体の割以上か占めている人が、ある程度の段階まで進み、その中で面接でのPRが優良な方が最終的に内定を掴むのだという見解が生まれました。ただし、就職活動にも波乱はつきものです。このような実態を覆すような番狂わせは往々にして起こることもあります。企業とは多様な人材を求めます。例え、中堅私大でも傑出した人材であればある程度の優良企業に採用されるケースはあります。
上述の記事には悲しいかな母校があっさり切られるという内容が記載されています。
しかし、悲しむのではなく、この学歴格差に打ち勝つべく日々の努力で自分の才能や能力を磨くことが大切だと思います。
例えていうなら、先日のコラムにもあるように当時、日ハムにいた小笠原選手と巨人の仁志選手だったらどちらになるべきかということです。つまり、小笠原は選手としては仁志より優れているがブランド球団に属してない、一方で仁志はブランド球団にいるが選手としては劣るわけです。

たとえ有名企業に入社出来なくても意を決して入ったところで小笠原選手のように自分の個々人としての能力や才能を磨くことに意義があると思います。
また、出身大学についても同様に自分の入学した大学で精一杯、努力することが大切です。「鶏口となるも、牛後となるなかれ」の言葉が表わすことにも一理あるように思えます。

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2010年

8月

28日

「今や日本球界屈指の強打者・小笠原道弘選手の野球人生」

 日本野球界の現役選手の中で最も私が尊敬している選手は、現・読売巨人軍のミスターフルスイングのガッツこと小笠原道大選手である。かつて、巨人には清原をはじめ、広沢、江藤など名だたる有名選手が名乗りを挙げて移籍してきたがどの選手も期待通りの結果を残せずに終わった。これは、やはり巨人というブランドを背負っているプレッシャーも勿論あるだろう。一方で、対戦する相手球団も巨人戦にはエース級の投手をあててくるので他球団でプレーしている時より厳しくなるのは必然である。そんな中、小笠原選手だけは巨人のプレッシャーにも負けず期待通りの結果を残していると同時に今や押しも押されぬ球界屈指の強打者としてその名を世に轟かせている。
この好成績は、単に根性があるだけでなく、確固として積み重ね磨き上げてきたバッティング技術があるからこそ成し得たことに相違ないだろう。また、けっして大きくない体ではあるがそのようなハンデを物ともせず、常にフルスイングであれだけのホームランを量産することは容易なことではなく、まさに彼自身の不断の努力によるものである。全力で振り抜いてホームランを打つ姿は多くの人にきっと感動を与えているのではないだろうか。
思えば、小笠原選手は、高校時代の通算本塁打は0本に終わり、社会人を経て日ハムのドラフトの3位指名でプロ野球の世界に足を踏み入れた。
その後も捕手として登録され、打率などは好成績を残すがキャッチャーフライを取ろうとした際に左手人差し指を骨折するなど華々しいプロ野球選手というものには程遠く、困難・苦労の連続の野球人生である。
しかし、2000年を機に打撃が開花し、それから4年連続の330本塁打等の成績を残し確固としてその地位を築いていった。FA権を取得して巨人に移籍してもそのバッティングは健在で、留まるどころか益々、磨きがかかっているようにさえ思われる。通算300本塁打も達成し、巨人で活躍することにより小笠原選手は、真に実力のある選手だということが世間で認められた。
小笠原選手の野球人生が訴えかけていることは、誰よりも直向きにストイックな姿勢で貪欲なまでの練習をこなして、人一倍多くの努力と精進をすることで成功できることを物語っている。また、それは一選手として秀でた選手になることでもあり、同時にどこに行っても通用する本当の実力というものを会得することでもある。
私は、新卒時代にとある就職コンサルタントの人から当時、日ハムにいた小笠原選手を例え話に「●●さん、日ハムの小笠原選手と巨人の仁志選手だったらどちらになることに意義があると思いますか」と問いかけられた。私は迷わず「小笠原選手です。」と答えたが案の定、正解であった。小笠原選手は打者として実力はあるがブランド球団ではない。一方で、仁志選手は、ブランド球団にいるが実力は劣る。
つまり、社会もあるいは勉強もそうだが意を決して入ったところで努力・精進をすることでどこでも通用する実力というものを身につけることが大切だということである。現に巨人という球団でも小笠原選手が結果を残せていると同じように真の実力を持てばどこの企業にいっても通用する人材となり、また実績を残せるということを先のコンサルタントは言いたかったのだろう。
小笠原選手の下から這い上がってきた姿にはいつも勇気づけられ、多くの感動をもらうと共に努力の跡は決して裏切らないものだとつくづく思い知らされる。彼の野球人生を思えば、そこには辛く苦しい涙もあったであろう。しかし、どんなに辛く険しい棘の道であっても一途な情熱と人一倍多くの努力、何より自分の信念を持ちながら邁進していくことの大切さを教えられた。そして、才能や能力というものは全て己の努力によって磨き上げ作り上げていくものだということを強く感じた。私達もまた小笠原選手の全力プレーを模範としながら日々、努力と精進を続けていくべきだと心より思った次第である。

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2010年

7月

23日

「浅草キッド」に感銘を受けて」

「浅草キッド」とは北野武(ビートたけし)氏の原作で、彼の下積み時代の半生を描いた小説である。ツービートとして売れるまで相当な苦労をしたのだろう。これはドラマ化もされており、また同名の北野武の作詞・作曲による「浅草キッド」という曲は、その情景・苦労・人生が思い浮かびながら見事なまでにその情感が伝わってくる。また、北野武氏もこの曲を歌う時、なんとも言えないような表情、何より情感を込めて歌っている。今や「世界の北野」とまで言われているがその辛く、厳しい下積み時代から這い上がってきた涙ぐましい努力が思い起されるからこそ熱い感情が止めどなく込み上げてくるのではないだろうか。また、誰しも苦しい、辛いことはあるが大事なことは決して腐らず、夢を捨てずに努力と精進の日々を重ねることでいつか大輪の花が咲き明るい人生に転ずるということではないだろうか。かたや世間では、経済不況により若者たちの未来が闇に閉ざされている状態であり、希望を失っている方もとても多いだろう。しかし、夢や希望を背負って生きて、己の情熱と信念で自分の明るい未来を掴み、自らの力で暗い世の中に灯りを照らしながら打ち負けない人生を歩んでいくことが肝要なのである。
私もこの歌詞からいただいた感銘と薫陶を胸に刻んで努力・精進の歩みを止めず、真摯な姿勢で頑張っていきたい。



 

  You tubeでもご覧いただけます。北野さんの歌声は、上手いというよりは味がある感じです。

[
浅草キッド] 作詞・作曲 北野武

お前と会った 仲見世の煮込みしかない くじら屋で

夢を語ったチューハイの 泡にはじけた 約束は

灯の消えた 浅草の コタツ1つのアパートで

同じ背広を 初めて買って 同じ形の ちょうたい作り

同じ靴まで 買う金は無く いつも 笑いの ネタにした

いつかうれると 信じてた 客が2人の 演芸場で

夢をたくした 100円を 投げて真面目に 拝んでる

顔にうかんだ おさなごの むくな心に またほれて

1
人たずねた アパートで グラスかたむけ なつかしむ

そんな時代も あったねと 笑う背中が ゆれている

夢はすてたと 言わないで 他にあてなき 2人なのに

夢はすてたと 言わないで 他に道なき 2人なのに

 

 

 

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2010年

6月

18日

「先日の鳩山由紀夫氏の辞任表明を思い起こして」

先日、民主党の支持率低下や様々な諸問題にけじめをつけるべく鳩山由紀夫氏は総理を辞任した。
一連の辞任演説を聴きながら鳩山さんの8カ月にわたる職務経緯が思い起された。我々、国民が腐敗した自民党政治や官僚主導ではなく、民意を反映した政治家主導による政治を目指す民主党に政権を与けて以来、様々な民主党と国民の声との食い違いが生じた。何をやってもマスメディアが連日のように悪評を並べて報道することも少なからず影響を及ぼしているだろう。報道とは、曇りなき視点で客観的に物事・事象を捉えて公平かつ公正に伝えていかなければならない。一時の酷評を眺めているとまるでかつてのデマゴーグと呼ばれた煽動政治に近いようにさえ思えてくる。むしろ2010年予算案、事業仕分、子供手当、高校の無償化など子供達の明るい未来の確立、そして、何よりこのような国民目線に立った民主党の温もりある友愛政治が確実に実行されているのは評価に値すると私は思う。かたや、これが自民党だったら果たして出来ただろうかとも疑問に思うところである。また、農家の人々への支援、医療の充実なども僅かながらに開始している。ただ、残念なのは、そんな頑張っている民主党を我々、国民は評価してあげてないことである。それは、普天間問題による一件が大きいと思料する。我々、日本は憲法第9条にあるように「戦争の放棄」及び「戦力の不保持」が明記されている。よって、日本が他国からの危険から守るものは日米関係によるもので強く守られていることに相違ない。北朝鮮なども日本に手出しできないのは米軍の抑止力のおかげである。日本は、このような日本国憲法上からどこかの県が犠牲にならなければならない特性がある。また、日本のみならず東アジア全体の平和と安定のことを思い、鳩山氏は苦渋の末に、普天間とういうことに至ったのであろう。社民党の福島氏は常に県外と述べているが、ではその代替案は何かと逆に問いたいところである。さらに、日米の関係なくして日本の安全は成り立つかを考えれば、福島氏の考えこそ理想論ではないだろうか。この普天間を巡って、都知事・各県知事に財源としての出資・援助を沖縄に施してくれないかと頼んでもみんな他人事でほとんど協力しようとしない。人間とは、自分のことばかりでまこと冷たいものである。しかし、ただ一人、橋本知事だけが「我々は、沖縄の皆さんの犠牲にタダ乗りしているから、出資・支援など協力するのは当然の義務だ」と述べていた。我々も、もっと沖縄の皆さんの犠牲の下にあるということを深く念頭に置くと共に感謝を忘れてはいけない。また、二つ目の争点は、やはり「金」の問題である。思えば自民党による献金政治・天下りなどは「金に汚い政治」としか我々、国民の目には映らなかった。お金にクリーンなはずの民主党が小沢氏の問題などを巡り、いつのまにか「金に汚い政治」の様相を呈してきた。しかし、今回、鳩山氏・小沢氏が揃って辞めることで「クリーンな民主党」の確立、またそれに向かう姿勢で再び国民の信頼回復に繋がったのではないだろうか。
先日の、鳩山氏の演説は、本当に誠実で曇りがなく愛に溢れた素晴らしい内容であると共に、明るくたくさんの笑顔に満たされた日本を取り戻したいという彼の熱意と思いが伝わってきた。きっと国民のみなさん、一人一人の心にその思いは届いているのではないだろうか。
かつて、勝海舟は人間が心を開くにはいかにするべきかを説いた。それは、「赤心を通じて相手の胸中を説け」ということだった。赤心とは、誠実さのことである。つまり、誠実さをもって相手の心に訴えかけることで初めて人というのは相手に心を開くということである。
先日の鳩山氏は、まさに赤心をもって私たちに熱弁していたのではないだろうか。私たち、国民もその思いを汲み取り、もう一度、民主党に期待すると共に、今まで民主党が行ってきた政策を8カ月間にしては良くやっていると評価してあげるべきではないだろうか。あれだけ自民党によって落ち込んで荒れた政治の後始末をして立て直すのは容易ではない。そんな短期間で景気が回復して思うように進んだら誰も苦労などしないはずである。また、自民党は相変わらず、民主党の否定ばかりしているが、自分たちならこうするという政策案の提言が全くない。一方で、長きにわたる自民党政治のやり方を変えるのだから、たくさんの非難や否定の声は、当然あるだろう。しかし、大切なことはどんなに非難されようが民主党が信じた政策・政治の根本をブレることなく進めていくことが肝要なのである。願わくば荒れた日本を着実に立て直そうとしていることを私たちは、もっと長く温かい目で見てあげるべきなのではないだろうか

 

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2010年

4月

09日

「巨人・木村拓也コーチ逝去、その薫陶を胸に刻んで」

 巨人の内野守備走塁コーチの木村拓也氏が先日、くも膜下出血による容態悪化で帰らぬ人となった。37歳と実に若い死である。
思えば、木村氏は、日本ハムをドラフト外で入団し、鳴かず飛ばずの時代があった。173cm、75kgとプロ野球選手としては大変、小柄であるためヒットを打つにもそれなりのパワーを要するプロの世界では人知れずの苦労や色々なハンデがあったであろう。しかし、常に前向きな姿勢で野球と向き合い、人一倍多くの練習で技術を磨いた。守備においてもピッチャー以外は全てこなすまさにオールラウンドプレーヤーである。昨年、巨人はキャッチャーを3人全て使い果たし、絶体絶命の一戦があった。その時も自ら勇んでキャッチャーをかって出たのも彼であった。その結果、巨人は敗戦を免れると共に原監督が昨年のベストゲームとして選んだのもこの試合である。
私は、晩年、彼が巨人に移籍してTV中継を通じてプレーするのを拝見したがいつも一生懸命に全力でプレーし、勝負どころを察して燻し銀のような味のあるヒットを打つシーンはとても心に沁みたのを覚えている。まさにプロとしての誇りを持ちながら野球に徹し、職人のような選手であった。また、ヒーローインタビューでの「野球が大好きです。勝っても負けても野球は楽しいです。」という言葉には彼の野球に対する愛が込められているのではないだろうか。彼のようにドラフト外で入団し、しかも体格にも恵まれなくても自分の情熱と努力、何よりプロとしての誇りを抱きながら一途に打ち込み邁進して行けば、レギュラーを勝ち得て野球で成功することが出来るという模範を示した。
私達は、彼の真摯にひたむきに全力でプレーしたその姿、姿勢、言葉を決して忘れることはないだろう。
巨人を引退する時のセレモニーで家族に「いつも支えてくれてありがとう。パパ、頑張ったよ」と言った彼の姿を見た時に思わず目頭が熱くなった。
それは、今まで彼が如何に気を張ってプロ野球の世界で努力・精進をしてきたかの全てが浮き上がってきたからに他ならない。
今後、巨人軍の選手は、木村氏からいただいた薫陶を胸に刻みながら日本一達成を目指してほしいと切に願う。
しかしながら、37歳の若すぎる死は、彼自身もまた夢や志半ば故に非常に無念であったであろう。大変、不条理の感が否めない。

木村コーチ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

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2009年

12月

13日

「野村克也氏、京丹後市名誉市民となる」

 プロ野球・楽天前監督の野村克也氏が現役時代の野球成績と監督としての功績を称え1121日に京都府京丹後市の名誉市民に選ばれた。
称号授与の式典でのスピーチでは、貧しかった家庭環境、そして母との良き思い出と重なり涙ながらに語る野村氏の姿には私も思わず目頭が熱くなっていた。
 思えば野村家はその日の生活にも事欠くような貧しい生活を営んでいた。体の弱い母親に何としても楽をさせてあげたいと幼き日から思い描いていた。どうしたら人一倍多くのお金を稼げるようになるか常に考えていたという。成功するかどうかもわからないプロ野球の道で偉大な成績を残すまでになったのもこのような厳しい暮らしで培われた彼のド根性があってこそ成し得たことである。人が味合わないような辛い人生を歩んで来たからこそ野村監督は、陰険だとか口が悪いと言われている反面、実は人に優しく、情深い人間であると私は思う。
 沙知代婦人が脱税事件によって逮捕された時も財産をはたいてすぐ釈放させた。妻を守り、息子克典には深い愛情を捧げるという彼の家族愛がそこにある。近年、楽天監督としてのボヤキもまた味わいと選手への愛に満ちている。苦労してきた故に、人の傷みがわかり、思いやりがあるのだろうと拝察する。そんな野村氏が少年時代を過ごし、貧しいながらも母との思い出の地でこのような名誉な称号を得たことは自分自身の母に対する何よりの恩返しであると同時に親孝行である。喜びも一入なのではないだろうか。何かを守りたいという思いや誰かのために頑張ることは、時として彼のように才能を開花させ大輪の花を咲かせる原動力となる。何より自分の想像以上に大きな力となる。
 野村監督の人生は、まさにどんな人でも努力していけば成功することが出来ることを物語っている。また、彼の現役時代の成績や監督としての野球理論や功績は今後も語り継がれていくことだろう。
私達は、日々の生活が普通に過ごせるだけでも恵まれている。何気ない日々への感謝をもっとしなければならないとつくづく思う次第である。どんな時も努力という歩みを止めず、精進していくことの大切さに改めて気付かされた。
 野村克也氏に祝いとお礼の意を込めて~「おめでとうございます」~

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2009年

12月

02日

「亀田戦の裏側にはTBSの不可解な行動があった~What happened to DISUKE NAITO<内藤大助>~VOL.2」

下記の記事は、昨日付けで発表された夕刊フジからの抜粋である。
なお、リンク形式には敢えてしませんでした。ご了承のほどお願いします。
<夕刊フジ>

29日夜に行われた内藤大助(35)vs亀田興毅(23)のプロボクシングWBCフライ級タイトルマッチ。その舞台裏で中継局のTBSが判定の採点内容を読み上げないよう、リングアナウンサーに指示していたことが分かった。日本全国を大混乱に陥れかねない前代未聞の事態はなんとか回避されたが、せっかくの世界戦に泥を塗りかねない横暴は非難されて当然だ。


 「こういうことが起こるなら、もう2度とTBSとは仕事をしない」


 この一戦でリングアナを務めた富樫光明氏(38)は試合後、怒り心頭で格闘技ジャーナリストの片岡亮氏にお粗末な内幕をぶちまけた。


 富樫氏はJBCのライセンスを受けた公式リングアナで、日本で行われる多くの世界戦を10年以上にわたって手がけてきた。富樫氏がこの日、最初にTBS側に不信感を覚えたのは、王者と挑戦者が入場する際に俳優の小出恵介がアナウンスを務めたこと。富樫氏は事前に説明を受けておらず「なぜ世界戦でライセンスもない素人を起用するのか」と首をひねった。


 TBSはこの日の試合を中継するため、人気ドラマ「日曜劇場JIN-仁-」を通常より25分繰り下げて放送したが、これに出演中の小出が番組宣伝を兼ねて引っ張り出された格好。富樫氏の不安は的中し、慣れない仕事で小出は「WBC、世界フライト級~」とNGを出してしまった。


 さらに試合途中で、中継を担当するTBSのディレクターから、富樫氏に対して「試合後は勝者だけ読み上げて、判定の採点内容は読まないでほしい」と思いもよらない要請が。しかし富樫氏は試合を締めくくる上で不可欠な情報と判断し、指示を振り切る形で採点内容を読み上げた。


 会場で両者のごたごたを目にした片岡氏は「TBS側の意図は定かでないが、4ラウンド終了時に発表された採点に会場から疑問の声も上がったため、(2006年に興毅がWBAライトフライ級王者となった)ランダエタ戦の疑惑判定で抗議が殺到したトラウマがよみがえったか。あるいは勝者のコメントを番組の中に入れたかったが、放送時間が押していて端折ろうと考えたのではないか」とみる。


 確かにこのビッグマッチはTBSの巨額の投資という後ろ盾があってのもの。ある程度の発言権は認められて当然だろう。しかし世界タイトル戦で、採点内容も明かさずに「判定勝ち」という結果だけ伝えれば、スポーツとして形をなさない。会場に詰めかけた観客や中継を見ていた視聴者にいたずらな憶測や混乱を招き、世界戦の権威を損なうだけだ。


 番組主導の暴挙はリングアナの良心によって事なきを得たが、こんな調子では今後の興毅の防衛戦も先が思いやられる。

<以上、夕刊フジより>

上述の記事を読めば周知のように、益々、試合は亀田が勝つように仕組まれた出来レースの様を呈していると推察できる。

ランダエダの時と同様に明らかな判定に不可解な点数差があること。
それに加えて何故、スコアを公開しないようにと指示したのだろうか。人間の心理からすればそれは単にランダエダ戦のトラウマということだけではない。そこには知られてはならないやましい事柄が介在しているからではないだろうか。
そもそも何故、一ディレクターがスコアを公開する前から知っているのだろうか。また、何故、ディレクターが判定スコアをチェックしていることからも益々、不可解だとは思わないだろうか。

確かに、TBSは亀田家に幼き日より投資しているスポンサーであり、言ってみれば株主の様なもの。亀田にチャンピオンとなって活躍して、色んな仕事に携わってもらえれば一種のリターンが生じ、投資が回収でき、更には儲かると仮定すれば出来レースの試合を組むことが意味をなしてくる。

しかし、亀田のようなこんなアウトボクシングで、防御に徹するようなボクサーを皆さんはどう思いますか。真のチャンピオンと呼べるのでしょうか。また、亀田自身、これで例のビックマウスで、チャンピオンっとして威張るような物言いがあるのならばそれこそお笑い草である。

皆さんは、今回の試合は不正試合だと思いませんか。

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2009年

11月

29日

「あなたはどう思いますか?~What happened to DAISUKE NAITO(内藤大助)~<内藤大助VS亀田興毅戦を振り返って>」

 本日、内藤大助VS亀田興毅戦が行われた。試合は、一進一退の攻防であった。しかし、結果は、亀田の大差による判定勝ちであった。ここで些か、いやかなりの疑問に私達は悩まされ怒りを感じざるを得ないのではないだろうか。亀田はガード主体で手数も少ない。それに比べて内藤は手数も多かった。唯一、鼻血を出すアクシデントに見舞われたくらいで僅差の判定ならともかく大差というのは合点がゆかない。どうみても負ける要素が見当たらず、試合運びなどを加味すればむしろ押していた内藤が僅差の勝利あるいは最悪ドローが無難とみる。この点から言えば
不正採点試合であると言えるのではないだろうか。
思えば、過去にランダエダVS亀田興毅戦の時も亀田はダウンを奪われ終始圧倒されていたにもかかわらず試合に判定勝ちしたのは亀田だった。また、ランダエダ戦同様に今回もTBSアナウンサーの過剰な亀田をアピールするアナウンスとおまけに解説の鬼塚も徐々に迎合しているような解説に転換してくる。鬼塚氏はランダエダ戦においてもその解説が問題とされていた。
まるでランダエダ戦の二の舞である。私は何かの癒着や不正が執り行われているようにさえ思う。
TBSは亀田兄弟を幼き日からボクシングで世界チャンピオンを目指す家族として取材を続けてきた。いわばスポンサーであり、そこには虚像という造られたチャンピオンとう感が否めない。
だからこそ広義に考えれば、買収や不正アナウンスなどが横行しているようにさえ思われる。
いつも亀田戦にはこのように明らかに納得のいかない結果が多く存在する。それは、上述のような背景が介在しているのではないかと推察する。今回は怒りを感じて放送局であるTBSに電話をすることにした。
案の定、NTTからの「大変、混み合ってます」とうメッセージが流れた。恐らく苦情の電話が殺到しているのだろう。時間をおいて電話をしたらなんとテレビ局側が留守番電話に切り替える始末である。
素人だと言ってもお客さんは正直です。
今回の試合はどうみてもドローだし、私は明らかにあんな大差がつくのはおかしいと思うと同時にそうとしか言いようがありませんでした。

最後に私の大好きな映画である「何がジェーンに起こったか」の題名をもじるならばまさしく「何が内藤大助に起こったか」である。

「今回の試合をあなたはどう思いますか」

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2009年

10月

11日

「広島カープ~緒方選手 現役引退~」

 広島カープ緒方選手の引退試合のダイジェストがテレビで放映されていた。チームメイトの後輩達から労いの言葉を受けるとともに若い選手達の模範となり如何に真摯に練習して歩んできたかが窺えた。
私は、彼の通算成績を見たとき241本という本塁打数に目がいった。彼のように体格が比較的小柄で恵まれていなくてもこれだけ本塁打を残したことの裏には、人の見えないところで人一倍多くの練習を積んできたのではないだろうか。思えば、彼は9年目にしてやっとレギュラーを掴んだ遅咲きの野球選手である。人に言えないような苦労を重ねて掴んだ栄光である。練習に練習をして「練習の鬼」とまで言われた所以である。
怪我に泣かされ、それでも体を調整していたが既に年齢は40歳を迎えていた。出場機会も減り現役引退を決意した。
試合は、巨人との一戦であった。8回から守備につき元チームメイトの木村選手は、まるで狙ったかのように緒方の守るセンターにフライを飛ばした。そこには木村選手からの「ご苦労様」という思いが込められ、言葉を越えた選手同士の心のキャッチボールがなされていた。
打席でもスリーベースを放ち、スライディングでセーフになった。次の瞬間、巨人バッテリーは、悪送球で緒方がホームまで駆け込んだが敢え無くアウトとなった。ここに現役としての緒方の野球人生に幕が下りた。
引退セレモニーでは、「ユニフォームが真っ黒になるように全力でプレーすることを心がけてきましたが、いつしかそれも出来なくなり自分の思うようなプレーをすることが出来なくなり引退を決意しました。怪我の多かった野球人生でしたが、家族の支え、チームメイトの支え、そしてファンの皆さんの支えられて築いた野球人生です。」と述べる姿を見て私は目頭が熱くなっていた。そして、溢れんばかりの万感の想いを込めた温かな拍手が緒方を包んだ。前田選手も花束を渡し、お互い抱擁した。前田選手も同じような怪我に泣かされた悔しさがわかるだけに熱い涙がそこにあった。家族が寄り添った時に緒方選手も普通の親の顔に戻り、朗らかな笑顔を浮かべていたのが印象的である。
家族というのは共に悩み、乗り越えていき、そして幸せを分かち合う素晴らしいものだと思った。また、チームメイトとは互いに鼓舞し合い、切磋琢磨していき、ファンの温かい声援があってこそ野球選手というものが成り立つものだと改めて感じた。
彼の猛練習によって築いた成績を見ればどんなに体格が恵まれていなくとも人一倍多くの練習を積んでいけばレギュラーも取れると同時に、本塁打もある程度、残せるとういうことである。つまり、練習は嘘をつかないということである。
これは私達の日々の勉強や学問、社会においても同じことが言えるのではないだろうか。どんな困難や不運、ハンデがあっても弛まぬ努力と一途な情熱を持ち精進していくことでいつしかそれは大きな才能という大輪の花を開花させるのではないだろうか。
緒方選手は、今回、野球でそれを私達に示すと同時にまさに野球選手の模範であった。緒方選手、お疲れ様でした。

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2009年

8月

09日

「牙の折れた星野仙一氏を見て」

最近、日本テレビの「ニュースZERO」でコメンテーターや野球解説をしている星野仙一氏を見ているとかつての強気な姿勢や向かっていく闘志は全く陰を潜めてしまった。「牙の折れた虎」という表現が相応しいのではないだろうか。また、彼が常勝軍団に育てた阪神タイガースも今や「駄目虎」のレッテルを貼られている。先日、阪神の士気を上げるべく、阪神シニア・ディレクターの立場から叱咤激励をしたという。しかし、選手たちは、聞く耳など持たないようであった。
一連の星野氏を見ているとやはり、オリンピックでの敗戦が尾を引いているのではないだろうか。オリンピック敗戦の世論は、恐ろしいまでの星野批判が横行していた。星野さんの娘さんも当時、連日の嫌がらせ電話などで心を痛め体調を崩して入院、孫は学校でイジメの対象になっていたという。星野氏は、自分の不甲斐無さを憎み、悔しさで一杯だったという。最近では、先述の「ニュースZERO」でもコメントは控え目で、時折、苦笑いを浮かべていることが多いと感じる。そんな姿を見ていると私もなんだか自分のことのように悔しい気持ちで一杯になる。
それは、彼が監督として奮闘している姿や日頃から選手に言っている闘うことや一歩、踏み出す勇気、時には変えることなどたくさんの勇気、何より困難に立ち向かっていくことの大切さを教えてくれたからである。失敗しても挫けず、叩かれて批判されても負けない心で一途に挑んでいき、それに打ち勝つのが星野仙一氏のスタイルであり、「闘将」と言われる所以だと思う。是非、今一度、色んなことに挑戦して人生の花道をつくってほしいと感じる。かたやポスト真弓氏の席を静かに狙っているとも報じられている。失敗やあるいは世論というのは、実に恐ろしい。こんなにも人を変えてしまうのだろうか。確かにトラウマや心の傷を負うと強気になれないということは私もよくわかっている。また、この一件で感じたことは、人間とは都合の良い生き物であるということだ。オリンピックに挑む前は、あれだけ盛大にエールを贈り、敗者となった時には、冷やかな態度・軽蔑・誹謗・中傷などしかない。
たくさんの勇気と希望、大切な心や人間としての本道を教えてくれた人だからこそ輝かしい人生で終わってほしいと願うばかりである。
何より私達は、失敗した人達を貶したり、嘲笑するのではなく、また立ち上がれるような心温かなエールを贈ってあげることこそ人間として大切であると思う。

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2009年

6月

24日

「セブイレブンの商品値下げ販売について」

セブイレブンのフランチャイズ店が弁当など賞味期限切れが迫る商品を値下げして販売していたことについて抑止する構えをみせた。しかし、これは公正取引委員会が指摘したように独占禁止法の価格等の不当規制の項目に当たるのである。
独占禁止法とは、周知のように、一方では経済憲法の類に入り、資本主義の市場経済で公正かつ公平な競争を行うことを目的として、不当な行動や取引形態がなされないために制定されたものである。
またの名を反トラスト法などとも呼ぶ。
元来、市場が独占・寡占により市場経済における自由競争が抑止され、資本主義による自由競争が構築できないことにより、国全体の経済体制が伸び悩んだり、発展しなくなるということを阻止するための法である。その不当取引の項目としては、生産、販売、価格、技術など多岐に渡る。
セブンイレブンは、このような独占禁止法の指摘は受け止めるものの、一方で価格値下げについては、ブランド力を損ねると共に売上が落ち込むという懸念を述べた。
私は、これに対して、随分、お堅い見解だと憤りを感じた。
今まで、賞味期限切れは、廃棄になり単なる食料の無駄である。しかし、この廃棄になるものをより低下価格で販売することで逆に売上が伸びるのではないかと思料する。つまり、今までのように通常価格で買う人は、急激に減少することはまずあり得ず、消費者行動にあるように必要な時は、購入する傾向に変わりはないからだ。そこに今まで廃棄で何にもならなかった品々を売ることで、通常の売り上げに加えて、廃棄分の売り上げが加算すると考えたならば当然、総売上は伸びていくようには考えられないだろうか。また、不況で食費を削る方も多い時だからこそ消費者にとっても価格値下げはありがたいことである。このように一方で売上が伸び、消費者満足に繋がれば双方にとって価値があるというのが私の見解である。
世の中の情勢を見極めながら真に消費者のニーズを反映した売買がなされるべきである。不況であれば、尚更、従来の紋切型の思考では、対応し難いのではないだろうか。

 

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2009年

3月

15日

「学びたいのに学べない~高校中退者増加について~」

ここ近年、深刻な話題となっているのが高校中退者の激しい増加である。これは、家計の貧困により学費が払えないため学校を辞めざるを得ない方々のことである。所謂、学びたいのに学べない学生たちの嘆きは日に日に増している。高校を中退した人々は、未来への希望ややる気、目標等も無くなっているようだ。それを聞くと心が傷むと同時に、納得ができる。求人誌を見ても高校卒業以上は、大体が必須項目であるからだ。確かに、今後の見通しが立たないと推察できる。
何故、このような家計の貧困が学費を払えないまでになったのだろうか。日本は、昔から終身雇用制や年功序列制賃金などにより個々人の収入及び家計は安定していた。しかし、次第に落ち込む経済悪化により上述のような日本型経営は崩壊し、非正規雇用者数が増大して家計が不安定になっていった。当然、所得の減少につながる。一方、海外では、教育に対して国が大きな支援をしているが、日本は「教育」を謳っていながら国の支援制度や社会保障が不足している。故に、個々人(親)の負担によるところが大きいので、家計の安定性というものに結び付く。従って、家計が不安定になれば学費滞納は否めない。
ここまでの不況になったのは、まさしく国の責任である。早急に、国は解決策・国策を打ち出さなくては、今後、このような状況は、悪化の一途を辿る。この問題を打開するには、国が総力をあげて様々な支援体制や社会保障制度を築いていく他はないのではないだろうか。さらに、国主導で教育ファンドや基金づくりをする整備もしていくべきである。
日本の未来を背負うはずの多くの子供たちが今や路頭に迷っている。このようなことでは、日本の将来の見通しも立たず、沈没してしまうのではないだろうか。
だからこそ、「未来の投資」と位置付けて手厚い支援や国が保障するという体制づくりが何より肝要なのである。かつて、元政治家の浜田幸一氏が「いいか、自民党は、かわいい子供たちのためにあるんだ」と高らかに宣言していたが、自民党主導の政権は、何の打開策や提案もしない無能・無策による腐敗政治であるのが現状である。これからの子供たちの将来を思うと大変、心が傷む。また、高校をやむにやまれず辞めていった方々の将来は、一体、どうなってしまうのだろうか。もはや、殺伐とした、暗い世間に複雑な心境を抱く今日、この頃である。

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2009年

1月

15日

「フォーディズムの現代における影響とは?」

アメリカ経営史を語る上で欠かせないのは、フォードのT型車におけるヘンリー・フォードに由来するフォーディズムと呼ばれた大量生産・大量消費型の高度成長体制であろう。業種・業態は、相異なるが現代の様々な体制や仕組みにもフォーディズムの様を呈しているようなものが偏在する。
当時、アメリカは、イギリスの産業革命に半世紀ほどの遅れをとっていた。既に、18世紀末からのイーライ・ホィットニーによって大量生産を技術的に発展させ、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカは巨大企業が出現してきた。急速なアメリカの進展は、「アメリカ的工業制度」という大量生産方式で位置づけられた。大量生産の一方で、作業能率や効率、工程などが常に頭を悩ませていた。熟練労働者を有効に使っていく労働力そのものの体制が賃金コストに対する問題点として浮上したのである。
このような状況を一変させたのがフォードのT型車普及によるヘンリー・フォードによるフォーディズムと呼ばれたものに他ならない。フォードのT型車は、今までの車と違い、顧客のニーズを反映させて、高級車志向から低コスト、実用的、一般大衆志向といった車を目指していた。それ故に、部品の規格化、作業の単純化というものを顕著に打ち出したのである。作業習得は、容易であり、7割以上が1週間以内に習得できるため、熟練労働者は不要となり、機械に作業労働が支配されるようになっていった。一方で、労働者に対しても、高賃金でという形で反映していき、雇用幅は、広く開かれていき、世界で多大な影響を及ぼし、戦後、高度成長の核となった。経済的な観点からすると大量生産をして高賃金に反映し、大量消費という流れになり、それが総需要の増大を形成したことにより経済成長というものを生み出した。また、高賃金で反映している故にフォーディズムの条件とは、テーラー主義の受け入れにあり、その代価として団体交渉制、最低賃金制、社会保証というものが確立された。しかし、不況などにより競争条件が厳しくなり、テーラー主義の限界など経営者側と労働者側の労使関係は次第に折り合わない状態に陥った。
ところで今日にもフォーディズムの影響は、随所に見られる。例えば、職務拡大やチームアセンブリー方式、経営参加方式などまさしくフォーディズムの影響の下につくられたものである。また、派遣労働の仕組やシステムさえも少なからずフォーディズムの影響を受けていると私は考える。それは、景気によって雇用条件や競争条件が変化する点やある一定業務を大量雇用として採用する場合も見られ、ある程度、高賃金という形で労働者に反映している点などは共通している部分と考えられる。
その意味で、現代のシステムも過去の主義や体制等の影響を受け、取り入れたり、改善したりして、今日の経営モデルや労使関係は成り立っているのだと強く思った。また、余談ではあるがフォードの経営は、銀行や金融などの資本を導入せず、消費者に商品を安く提供するという奉仕する経営を営んでいたことから「日本型経営」にも似ていると言えるのではないだろうか

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2008年

12月

13日

「日本の経済状況について」

世間では、経済不況の煽りを受け、新卒学生の内定取消や派遣労働者の大量解雇など雇用の問題が争点となっている。所謂、就職氷河期の再来とも言われている。当時、大学生で就職氷河期の真っ只中にいた私からの意見を言わせてもらえば、ある種の被害者である。
 今日は、各企業の存続さえ危ぶまれている時代である。国の政治や改革など全く機能せず、海外からの影響などを含め、各企業に波及が及ぶまでになってしまった。何故、このように国自体の根底に及ぶまでになったのだろうか。歴史的にみれば、東西冷戦が終わり共産主義が淘汰された。もちろん、マルクス・レーニン主義の失敗を改めた意味での共産主義は出没したが、やはり自由競争の資本主義(民主主義)が台頭し、現代は、まさに膨張して統制のとれない状況下になっている。高度経済成長を遂げ、バブルが弾け経済不況に突入し、記憶に新しい小泉改革の「痛みを伴う改革」と言われている規制緩和による改革がついには格差社会を生み出した。国の経済が不況なら企業もその余波を受け、利益が上がらなければ、当然、人件費削減ということになる。採用も狭き門となり、正雇用などが少なくなるのは必然。それを少し前のテレビ放送では、非正雇用率を「今の若者は、あんまり将来の夢や意志がない」とか「正雇用で働くことを懸念している」というように、若者が自ら正雇用として働くことを望んでいないようなところに転嫁している。自分たちが無策・無能政治によって経済を悪化させ、挙句、責任を現代の若者の在り方に転嫁させている点は、非常に許し難い。
 一方で、派遣の人々は、突如、契約を解雇されて、年を越せないなどその日の暮らしにも影響し、まるで消耗品のごとく扱われている。派遣労働の仕組も国は是正しなければならない。また、新卒という金の卵でさえ内定取消で若者達の前途洋々の夢をも奪った。
 今や手のつけられない域にまで経済不況は進行している。故筑紫哲也さんは、生前、最後の「多事総論」で「この国は癌に侵されている」と述べていた。まさにこの国の政治が機能していないことを端的に指している。
 現在まで日本の政治は、自民党に委ねられてきたが、ここ近年、安陪、福田、麻生と首相が相次いで交代しているが、全く改善の兆しさえ見えない。腐敗政治は、依然、横行している。この国は、資金投資が、変な方向に向けられ、いわば迷走している。筑紫哲也さんが述べていたように「過去に投資するのか、未来に投資するのか」というものが定まっていないのである。過去とは、医療や福祉など高齢者対策であり、未来とは、教育に関するものである。今日、この国は、存続か滅亡かの危機にさらされている。もはや自民や民主のどちらが政権を執るとかの次元の話ではない。このまま衰退していくのかあるいは新しい改革・体制づくりを打ち出してこの国の癌と戦うのかという選択を我々は余儀なくされている。私は、未来の投資を厚くするべきであると思う。つまり、草の根を強化し、これから未知の可能性のある若者にこの国を担ってもらうために長いスパンで投資していき、確固とした礎を築く必要がある。そうすることで、高齢者問題や雇用、ひいては企業体に至るまで経済が活性化され、やがて安定してくるのではないだろうか。高齢者は、早めに身を引き、実り豊かな老後生活を、若者には、教育と大きな門を開いた雇用を充実させ、一人一人がこの国の原動力となり得る居場所を確立できることこそ本来の日本の在り方である。問題は、このような政治の未来予想図を描き、遂行できる適任者がいないことである。どのようにこの先々なっていくのか、日々、不安が募る今日、この頃である。

 

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2008年

9月

09日

「オリンピック~星野ジャパンを振り返って~」

 オリンピックの野球の星野ジャパンは4位に終わり、メダル獲得はならなかった。選手を始め、日本国民も悔し涙に明け暮れた。何が敗北の要因かと言えば、星野采配のミスもあったであろう。しかし、その判断・迷いを生じさせたのも日本国民全体の「金メダル」という願いの重圧が根底にあるかと思う。この国際試合を通して投手陣は、なかなかふん張っていたように思える。話を初期段階に戻せば人選ミスにあると思う。先ず、怪我や故障を抱えた選手が多いということ。次に打線である。いわゆる野球のセオリーとしては、クリーンヒットを打てる巧打者とポイントゲッターの強打者で構成されるのが基本。クリーンヒットが出て、長打で返すか長打が出て、クリーンヒットで返すかというコインの表と裏のようなもの。打者は、青木、川崎、西岡などの巧打者はいるが、中核的なスラッガーは不在である。浜の主砲の村田や阪神の新井も真のスラッガーとは言えない。打撃の粗さが目立つ。まして、国際試合であるので、球威と切れのある投手が多いであろう。ヒットを打つのにもそれなりのパワーが必要になってくるのではないだろうか。今回は、選ばれていない小笠原、金本、松中など適応力とパワーを併せ持った選手が選ばれていない。特に小笠原、金本はここ一番の勝負強さがある。また、高橋由伸など突破口をつくれる打者も不在。先にも述べたが故障者も多く必ずしもベストメンバーとは言えない。オリンピックの一連の試合を見ているとやはり真の四番打者という軸不足が否めない。松中などは存在感もさることながら日本野球での実績もあり、必ずや日本の中軸になり得るバッターである。
また、試合後、岩瀬を始めとする投手起用については「それが俺のやり方だ」と一蹴した一言に全て明快に表れている。つまり、星野監督が中日の監督時代にどんな苦しい場面でも幾度となくピンチをしのいで抑えてくれた岩瀬への絶大な信頼がそこにあるからだ。自分が監督として育てた信頼ある岩瀬・藤川・川上に全てを託したのである。自分の一番、信頼した投手で打たれたら本望だと感じるのが星野仙一なのである。また、失敗やミスをしたからといってもGG佐藤などを使い続けるなど義理と人情の人柄が窺える。しかし、激しい緊張により選手は、ミスを連発するという裏目の結果が多発。今回は、星野監督を見ていて感じたことは「らしくない」ということである。いつも、一歩踏み出す勇気、変える勇気、立ち向っていくことを教えてくれたのに妙に臆病になっているように感じた。また、体調も持病の高血圧によりすこぶる悪いようにであった。余程、日の丸のプレッシャーというものが重くのしかかってしまったのだろう。また、中日・阪神時代を支えた名ヘッド・コーチ島野も他界されてもういない。北京では、必ず金メダルを取って帰るからと涙ながらに葬儀で訴えていたのが印象的だ。
今や世間の星野監督に対する批判は強い。世間とは、全く冷たいものだと感じた。勝てば官軍、負ければ賊軍か。結果が全てという風潮に私は心が傷んだ。彼の人間味ある義理と人情が好きだった。しかし、オリンピックでは皮肉にもそれが裏目に出てしまった。今般の彼への冷ややかな態度・批判は、まるで自分のことのように悔しかった。そこには、人間の醜ささえ感じた。人間というものは都合の良い生き物である。あれだけ期待とエールを送りながら、負ければ態度は真逆である。誠心誠意頑張った者を労うことさえない。
来年、3月のWBCの監督要請が既に挙がっている。彼は前向きのコメントをテレビで言っていた。私は、その心意気には心を打たれた。何より嬉しかった。それでこそ闘将星野仙一である。今まで、幾度となく叩かれて、時には失敗してそれでも挑んできた姿には熱いものが込み上げてきた。そういう星野仙一の姿からたくさんの勇気や夢と希望そして情熱を持って挑むことを教えられた。願わくば、今一度、彼にチャンスを与えてほしいものだ。犯罪を犯したわけでもないのに失敗を挽回することもできないのは誠に不条理さを感じる。では、失敗した人間は、二度と浮かびあがれないのだろうか。古来より、日本は、失敗しても挽回のチャンスを後押ししてくれるのがいいところではなかったのではないだろうか。人間、夢を語れなくなったらお終いである。TBSドラマ星野仙一物語の終幕に阪神の監督になる決意をした時も「夢は追うためにあるんだよな」と亡き妻に心で問いかけるシーンがある。まさにその通りである。そういう想いを持ちながら、人は挑戦という歩みを続けていくのである。
最後に、北京での野球の4位の結果について、星野婦人の葬儀の時の一言を拝借して「悔しいです。残念です。無念です。」という感じである

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2008年

8月

16日

「オリンピックとテーマソングについて」

今年のこの暑い夏に北京オリンピックは、開催された。暑さが、まるで熾烈な争いを物語っているようだ。
北京オリンピックの公式テーマソングは、Mr.Childrenの「Gift」という曲である。この曲を通じて、その音楽性の素晴らしさと言葉が改めて、私の心に深く響いた。いわゆるミスチルは、一時期は、出す曲が軒並みロングセラーとなり、以来、日本音楽界をリードしてきた。
今作は、当時のスタンスに戻って、メロディーと歌詞が見事に調和し、とりわけメッセージ性が際立っている。選手は、この曲からたくさんの勇気やエールをもらっているのではないだろうか。オリンピックは、様々なスポーツ・競技で、国と国とがプライドを胸に競い合う。そこには、歓喜に満ちた喜びもあれば、悔し涙に沈むこともあるだろう。勝ちか負けで分けられる過酷な戦い。しかし、私は、勝ちか負けかだけが全てではないと思う。それを端的表した部分がこの曲の歌詞にある。「白か黒かで答えろという難題を突きつけられ、ぶち当たった壁の前で、僕らはまだ迷っている」というのがある。確かに、スポーツの世界は、勝ちか負けかの白か黒で決着をつける。しかし、勝敗やメダルの色などを越えて、選手たちのそこに至るまでの努力や過程、熱い勝負をみせたという証が無限の色を醸し出し、世界中の人々に「感動」というもの(ギフト)を贈っているのではないだろうか。そこに意義があり、皆がみたいのは、そのような前向きに、一生懸命に臨む姿勢なのである。単にスポーツの世界だけではなく、一般の社会にも相通ずるものがある。メダルを獲得した選手もそうでない選手も、それぞれの素晴らしい「努力」という色を見せてくれている。谷亮子選手も銅メダルだが、まさしく金以上の色と重みを放っていると思う。
全力プレーと負けない心で、頑張れ!全日本。

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2008年

6月

01日

「野村克也監督の波乱万丈人生」

 先日、現楽天監督野村克也の特集がテレビで放映されていた。その人生は波乱万丈であり、厳しい人生を歩んできたことがよくわかった。
野村は、幼少の頃より家が貧しく、病弱な母と兄との生活であった。小学校の時より、毎朝、人より早く起床しては、新聞配達に励んでいたという。寒さの激しい日には手がかじかみ辛い仕事であったようだ。当時は、新聞配達の収入が家賃になっていた。その時から、野村は、色々な物事を考えるということを覚えた。例えば、新聞配達であれば、どの道順で配るのが最短コースかや中学時代に行ったアイスキャンディー販売では、どういうところで売ればより多く売れるかを常に考えて仕事をしていたという。野村克也のID野球という「考える野球」の原点はここから始まったのではないだろうか。
貧しい家庭環境ゆえに野球をやるにしても木の棒をバットに見立てて練習していた。その極貧生活から抜け出し、現役時代は、三冠王獲得や通算本塁打数は、王貞治に次ぐ史上2位である。キャッチャーとしてもバッターの心理を読む意表をつくリードが有名であった。ヤクルトの監督になった野村は、世に言うID野球という全く新しいキャッチャーの攻め方・リードの理論を中心に、野球のセオリー・考え方、圧倒的なデータ収集により統計学を用いたデータ分析による野球を行った。これらを選手個々人に指導することで弱小球団が強い球団にいかに勝つかということを世に知らしめた。つまり、弱いチームは、強いチームに野球の戦略によって勝つということである。
また、彼には、巨人への一種の憧れがある。常に第一線で野球界をリードしてきた巨人の華々しさや伝統が今も昔も彼の心を魅了しているのだろう。一度でいいから、巨人のユニフォームを着て、監督をやってみたいという夢はあるのではないだろうか。長嶋茂雄氏が監督をされていた時、当時ヤクルトの監督だった野村は、長嶋氏を向日葵、自分を月見草と称していた。私は、当時、僻みのように聞こえて野村を誤解していた。楽天の監督になった今も野球方針は変わらないだろう。実際、楽天の勝ち星は確実に伸びている。試合後のインタビューには、味のあるボヤキがあり、昔あったような変なクセや陰気さが抜けているのがヤクルト時代と変わった点ではないだろうか。そこには、人を褒めるということを取り入れたようだ。私は、ヤクルト監督時代の彼の人柄を誤解していたため好きになれなかったが今は、とても好きである。幼少の頃より、貧しいため誰よりも辛く険しい人生であったことだろう。生きることや生活するのに必死だったのではないか。そんな貧しさにも負けず、愚痴をこぼしたり、人生を投げ出さないで一生懸命歩んできたことには大変、心を打たれた。彼は、野球に人生を委ねることになった時から、貪欲な練習や向上心、雑草魂や根性で球史に残るまでの成績をおさめるだけでなく、監督としても名将になった。努力は報われる日が来る、誰でも努力次第で成功できるということを物語っている。恵まれていないことや困難があっても、イジけて人生を決して投げ出したり、諦めてはならないということだ。
先日、巨人との交流戦で勝った楽天。試合後、野村監督の「馬鹿じゃなかろうか ルンバ」発言による巨人首脳陣への批判ともとれる発言。これを聞くと一見「なんなんだ」と誤解されるかもしれない。しかし、彼の歩んできた背景知った今、この発言に私は違った見方をしている。かつて常勝軍団だった強い巨人への憧れの想い。今の巨人は、弱くて情けない。そして、今一度、強い巨人に戻ってもらいたいという彼なりの巨人への愛情なのではないだろうか。自分が憧れを持ったものには、常に高嶺の花で輝いていてほしいというのが人間の心理ではないだろうか。他球団に居ながら未だ巨人への憧れを抱いている野村監督は、素晴らしいと思う。そして、出来ることなら巨人の監督をやらせてほしいと感じる。巨人も保守的でいつまでも巨人出身という内部派閥に捉われてはならない。堕落していて、適任者がいないからこそオープンにして、実力のある者を外部から招聘してこなければならないはずである。野村監督の生き様や人間模様、心を知り大変、励まされました。元気で、末永く監督業を続けてほしいと願います。

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2008年

5月

18日

「阪神の金本知憲の名球界入り~人生の花が咲くとき~」

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2008年

4月

29日

「桑田真澄投手、お疲れ様でした。夢と勇気をありがとう!」

先日、桑田真澄投手が現役を引退した。花の彩とさわやかな風の舞うこの春の季節に、ユニフォームを着た野球人としての桑田はもういない。テレビで特集などが組まれていたが、改めて、その足跡を見ると相当、辛い野球人生であったと推察する。しかし、野球を十分やり遂げた顔からは、穏やかで晴々しささえ感じられる。若くして才能のあった桑田が不運を全て受け入れて、努力する姿は、常に私達の心を打った。
人からの嘲笑や時には屈辱的な言葉さえ言われたであろう。

怪我をしてから結果の出ない時の桑田を見て、私は辛いことから逃げずに努力すること・困難に立ち向かうことの大切さを教えられた。何より自分の信念を持ち、貫くことを知った。
桑田がよく言っていることで、「目標に向かって努力することが何よりも大切で、それが達成できたから偉いわけでもなく、達成できないからと言って駄目でもない。大事なのは、そこに向かうための過程が大事だ」というのである。この言葉を聞いた時、これは社会やスポーツ・勉学にも相通ずる言葉だと思った。つまり、世の中は、何でもある目標に向かって人々は切磋琢磨し、競争するわけであるが、成功した人を勝ち組と称し、成功できなかった人を負け組みというレッテルを貼るという残酷な部分がある。しかし、大事なのは、そこに向かっていく、ひたむきさや真摯に取り組むこと、どういう歩み方をするか・生き方をするかであるということを野球というもので桑田は私たちに語りかけている。そして、何か物事を通じて人間力を磨くことこそ大切であるということだ。
それは、時を経て、自分自身の大きな財産になるということを示している。人間は、幾度とある挫折を経験しても、あきらめてはならない。腐ったらお終いである。
また、親友清原も労いの言葉をかけていた。思えば、若い桑田と清原は、ドラフトの日以来、心の傷を引きずり、わだかまりがあったことだろう。しかし、二人とも巨人を出ることで元の仲の良い関係に戻った。桑田・清原を見ると、お互いに尊敬しあえる友人というのは、大変、素晴らしいかけがえのないものだと思う。もはや、桑田と清原の間に言葉はいらない。
桑田引退で、斉藤、槇原のかつての三本柱という一時代が終わった。決して、恵まれた野球人生ではなかった桑田は、野球への誇りと愛は、誰よりも深かったのではないだろうか。桑田の野球人生を見て、私は、夢や希望、たくさんの勇気をもらった。私のみならず、多くの人々、野球界での後輩たちに多大な影響を与えると同時に、模範となるであろう。
「桑田真澄投手、お疲れ様でした。本当に今まで、かけがえのない「心」を教えてくれてありがとうございます」とエールを贈るとともに、指導者桑田真澄となる日を願っている今日、この頃です。

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2008年

3月

30日

「3年B組 金八先生」

 私は、「3B組 金八先生」シリーズが好きである。今回の第八シリーズは、数話しか観れなかった。先日、久々に観たところ、今作はなかなか良作に仕上がっているようだ。「ドラック」、「性同一性障害」など様々な社会問題を交えながら、子供たちの複雑化する出来事に対峙するのがここ近年の「金八先生」シリーズであった。思えば、金八先生が今も昔も私の心に響くのは、生徒と常に真剣に向いあっている姿があるからだ。とりわけ、私は、初期作の金八先生が好きである。生徒に若い坂本金八が全力で教え諭す。「熱意がなくなり、仮に熱意があってもそれが生徒の心に届かなくなったら教師として終わり」と言っている。
 しかし、近年の作品は、金八が努力しても不完全燃焼である「老いた金八」という印象である。今作は、本来のスタンスに戻ってきたと言えよう。テーマは「裏サイト」問題である。深い情熱と生徒への愛、教養や言葉を大事にし、生徒の抱える問題を理解しながら、対等に向い合っている。また、生徒のみならず、親に対しても熱く訴えかける姿。そして、金八先生のこの生徒への一途な想いが届き、3B組の仲間の輪が生まれ、金八先生への感謝の念が芽生える。先生と生徒の「心」と「心」が繋がる。これこそ、教育の在り方であると感じた。言いたいことは、どんな生徒も真っ向から向きあえば、心を開き得るということだ。では、何故、世の中の生徒は心を閉ざすのか、あるいは心を傷めるか。それは、教師がいつの間にか、生徒を平等に見ることを忘れているからだ。例えば、私の学生生活も、絶対的得意教科の成績の良い教科の先生は温かく見てくれたり、つまらない失敗や不得意教科などのテストの点数が揮わない教科の先生は冷たいものだ。私は両方の態度を知っているため、成績の良い教科における先生からの待遇の良さがあっても素直に喜べなかった。その裏には、冷たくされたり、悲しんで、心を傷めている人がいる。そういうものが甚だならなかった。「教師なのに何故、平等に見れないのか」と何度も心の中で思っていたものだ。扱いの差に敏感な生徒は何を信じたらいいか、温かい心にふれることもなく心を閉ざしてしまうのだ。金八先生は、そういった損得勘定など一切抜きで、人として向き合い、生徒への愛があるから生徒が心を開くのである。私は「金八先生」には、人としての道理、人を想い続けること、命の大切さ、努力すること、愛すること、友達の大切さ、人への思いやり、人を許すこと、人に謝ること、素直に生きること、物事に逃げずに真っ向からぶちあたっていくことを教えられた。こんなに、人を思えることは教師としてだけではなく、一人間「坂本金八」はなんて温かいと思う。
時として生徒に厳しく叱咤激励し、心の底から生徒の将来・人生を考える金八先生のような「先生」というものが現代には少ないのが本当に残念である。

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2008年

3月

16日

「感銘を受けた言葉」

世の中には、頑張っている人が認められなかったり、あらぬ誤解・誹謗・中傷・曲解・嘲笑など不条理なことが数多ある。そんな時、私はある言葉を思い出す。福澤諭吉が勝海舟の批判を著した「痩せ我慢の説」という本を出すにあたって、勝海舟に了承を得ようとした時、これを了承するとともにある手紙を福澤諭吉に宛てた。「行蔵は我に存す 毀誉は他人の主張、我に与(あづ)からず我に関せずと存じ候」という言葉があった。
これは「私の思うことや行なってきたことは私にしかわからない。人から貶されたり、誉められたりするのは、他人の言うこと。私にとっては関わりないし、関係ないことなのだ。」ということである。この言葉が福澤諭吉の心に刺さり、勝海舟が生きている間はついに本を出版することが出来なかった。勝海舟を師と仰ぐ坂本竜馬も、秘めた意味合いは異なるが似たような言葉を残している。「世の中の人は、何とか言わば言え、我の為すことは我のみぞ知っちょる」ということで「世の中の人になんて言われようと、自分の行なってきたことは自分にしかわからない。」ということです。
伝えたいことは、人の口に戸はたてられないから、周りから言われたことや小さな物事で悩んだり、考えたり、迷ったりするなということではないだろうか。
さらに、勝海舟は、人間とはかくあるべきだということを表した言葉がある。
「自処超然」物にとらわれない気持ちを持て
「処人藹然」人と接するときは相手を楽しませよ
「無事澄然」何も無い時こそ澄んだ水のように
「有事斬然」何かあるときは決然として行動に出よ
「得意淡然」得意のときこそあっさりとし、
「失意泰然」失意のときこそ泰然自若としていることが大切なのだ。
私は、この言葉に、人間の根底にある源流や元来の在り方を教え諭された。昔の偉人は、本当に為になる言葉・格言や心に響く言葉を残したとつくづく感心する。困難や苦境な時こそこのような言葉を心に留め、毅然とした信念を貫くことの大切さを知ると共に、深い感銘を受けました。

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2008年

2月

28日

「北京バイオリンについて」

私は、中国ドラマの「北京バイオリン」という作品が好きである。かつて、BSのNHKで放送しており、今は民放のNHKで放送している。
しかし、物語が淡々と描かれているところが強いため視聴率はいまひとつ伸びない。テーマは「親(父親)が子に捧げる無償の愛」である。物語はリュウ・チェンという人物が若い頃は、荒れた生活を送っており、物事の分別もわからない「ならず者」であったところから始まる。濡れ衣を着せられ、刑務所に入り出所後、ある女性が自殺をするという事件に遭遇し、その女性の残した子供を拾い、北京を出て物心がつく年まで育てた。その子供は「リュウ・シャオチュン」と名づけられ、バイオリンの才能に秀でていた。物語の中心は北京で開かれる音楽コンクールを取り巻いて展開される。そこには、息子の将来のために、なりふりかまわず、愚直なまでに子を想う父の姿がある。物事の筋・道理を通し、それを息子に教え諭す。シャオチュンも最初は、色々なことに反発していたが、徐々に親の愛というものを理解していく心の変化が描かれている。物語が展開していくにつれ、リュウ・チェンが本当の父でないこともわかってしまうが、シャオチュンにとっての父は、他の誰でもなく、育ての親リュウ・チェン以外に他ならないのである。ここまではどこにでもあるありふれた物語である。さておいて、北京バイオリンとは何なのか?何の象徴なのだろうか?ある時、シャオチュンは母の形見のバイオリンを売ってしまい、リュウ・チェンはかってない程、激怒した。「それは、母の形見であり、お前の生きる根っこなんだぞ」と教え諭すシーンがある。
つまり、バイオリンがシャオチュン自身の「生の証」であり、その象徴なのである。バイオリンを通じて、親は、子に無償の愛を捧げ、その愛を受けて、子は子供から大人へ成長していく。そして、この親と子の絆を結ぶ「橋」がバイオリンなのである。この作品が訴えたいことは、形は様々だが親は誰しも子に無償の愛を捧げており、親子の絆というのはかけがえのない尊いものであるということではないだろうか。また、一見ありがちなストーリーだが、近年ではなかなかない奥深さを持ったドラマであると私は思う。このドラマを観て、親が自分にどれだけ深い愛情を注いで、育ててくれたかを改めて気付かされた作品です。

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2008年

2月

19日

「佐賀のがばいばぁちゃんについて」

最近、前から評判のあった島田洋七のがばいばあちゃんの「笑顔で生きんしゃい」という本を読んだ。読み終わった後、何とも言えない温かさと充足感が心を満たした。思えば、筆者が言うがばいばあちゃんのように、人生の良い時、こと裕福な時と、人生の悪い時、こと貧乏な時の両方を経験して、初めて色々、わかることや大切なことに気付くということが人間には数多ある。そこには、生活の知恵・工夫、人間の営み・在り方があり、「楽しく生きる」という術がある。また、貧乏だと普通、暗い人生になりがちだが、たとえ貧乏であっても笑顔を絶やさず生きることの大切さも描かれている。よく笑顔は「無形の財産」というが、確かにその通りである。辛いことや苦境な時、いつも元気な笑顔を絶やさない人間でありたいと思った。そして、何より人に対する礼儀である「挨拶」をしっかりすることの大切さに改めて気付かされた。私は、かけがえのない「心」を教え諭されているような気分であった。がばいばあちゃんが言いたいことは、貧乏や辛い人生であっても、見栄など張らず、笑顔で胸張って、それでいて「人間死ぬまで夢を持って生きなさい。それが叶わなくてもしょせん夢だから」という信念を心にとどめて人生を楽しく、精一杯生きなさいということではないだろうか。がばいばあちゃんの「心」は、何事にもかえられない人間として大切なことではないだろうか。

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2008年

1月

13日

「星野仙一の北京五輪について」

私は、何か壁にぶつかったり、弱気な時、立ち向かっていく姿勢や勇気をもらった人物がいる。現在、野球で全日本監督の星野仙一である。思えば、星野監督は、阪神を常勝軍団にするときも、相手に向かっていくことや「逃げるな、悔しくないのか?」と選手を鼓舞し、いわゆる攻めの精神・理論を徹底的に植えつけた。そして、阪神を優勝させた。これ以降、しばらく監督は引き受けないだろうと誰もが思ったであろう。しかし、全日本五輪の監督という荒波に再度、乗り出したのである。昨年のアジア選抜で、北京行きの切符を手にしたものの、日の丸を背負って戦うのは想像を絶する程、辛かったのではないだろうか。田淵や山本などをコーチ陣に迎え、「仲良し首脳陣」とも言われた。まして、負ければどんな非難が待っているかもわからない。私は、一連の試合を観て、熱いものが込み上げてきた。幾度も試合を左右する場面でも、選手を信じている姿があったからだ。やるだけのこと全てやったらそれがたとえ失敗しても全て監督の責任であるという信念を持っている。そこには、選手時代から変らず、逃げずに相手に向かっていく闘将星野仙一の姿があった。試合後、星野監督は男泣き、日本中が感動したであろう。どんな困難やプレッシャーが立ちはだかっても一歩踏み出す勇気というものを星野監督は私たちに、日の丸のユニフォームを着ることで示してくれた。何より、人を信頼するということを教えられた。星野監督は、武闘派であるといわれているが、それだけでは選手はついてこない。誰にも負けない情熱があり、選手への信頼があるからこそ人(選手)がついてくるのだと思う。星野監督、感動と多くの勇気をありがとう。がんばれ!全日本

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2007年

12月

23日

「国の薬害被害者への対応について」

先日、薬害被害者に対しての国の決断は、いわゆる「命を線引き」するものであった。いつから日本は血の通わない国になると同時に、そのような政治家・官僚の集まりになってしまったのだろうか。激しい怒りが私の心に宿った。命の線引きなど人としてやってはならないことだと何故、わからないのだろうか。人は生まれながらにして平等で、人の命に重いも軽いもない。みんな同じ重さを思っている。だから、人を殺めたり、また、どんな悪人であっても、犯罪を犯した者の命を奪っても罪に問われるのもそのためである。ましてや被害者は、なんの罪もないのに死に向かっている状態はやりきれないだろう。私は、今回の件でつくづく思った。どんなに頭が良くて、聡明であっても、人のことを思いやれない、血も涙もない人間が政治家や官僚になってはならない。世の中には周りがどういわれようと正道のある決断をしなければならない時がある。NHK大河「風林火山」には、主人公の山本勘助が描いたように愛するもののために戦い、何を守るかということがうたわれ、その根底にあるのは「人を慈しむ心」である。まさに、現代の政治や日本国家のあり方に欠けている点といえよう。政治家はもっと国民を慈しむ心を持ってほしいと思うと同時に、かような国にする義務がある。早くそのような血の通った国になってもらいたいものだ。

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2007年

11月

17日

「NHK大河ドラマ「風林火山」について 信玄と勘助」

私は、戦国時代の武将の中で好きな人物は、織田信長でもなく、豊臣秀吉でもなく、はたまた徳川家康でもなく、昔から武田信玄と山本勘助が好きである。そこには、失敗を経験し学ぶことや様々な人材を受け入れる人間的器と家臣や民を慈しむ情がある。そして、周知の通り、信玄と勘助で歩んできた人生をかけて戦った宿敵、上杉謙信との川中島の戦いには男のロマンさえ感じられる。武田信虎を追放してから破竹の連戦連勝の信玄だが、力でねじ伏せるというかつての信虎のような傲慢さにいつの間にかになり、反面負け戦への恐怖から聞く耳を持たない時期があった。それを板垣信方と甘利虎泰が自分の命をかけて戦い、両重臣を村上義清との一戦で失うことにより、大きな悲しみと自分自身への改心があった。時を経て、川中島の戦いの前には、家臣や甲斐・信濃の民全てを慈しむという「心」を持つ意味を形にして出家した。川中島では、多くの将を失い、とりわけ勘助は策略を誤ったことに責任を感じ、敵陣中を駆け巡り無念の戦死。この山本勘助は四十を過ぎてより板垣信方によって武田に招かれた。戦略に長け、体も不自由ながらも剣術にも優れていたが、今川や北条も勘助を受け入れなかった。しかし、武田信玄は勘助の人物を見抜いていた。ここも信玄の器の広さといえる。勘助は戦わずして勝つ策略を巡らせ、信玄もその考えにのり、常に武田を勝利へ導いた。兵を如何に減らさず・労せずに戦に勝つかという勘助の信念がある。また、勘助は、武士であり続け、仕官を諦めなった点とハンデがあるにもかかわらず、それを逆にバネにしてきたことにも共感できる。このように武田信玄は情に深く、失敗で改心できる人物で、人間的度量が広い。一方で山本勘助は、仕官という夢を諦めず、遅咲きではあるが武田の軍師にまでなった。この二人の関係や人物像に多くの共感があり、とりわけ人を重んじる精神に心を打たれたからこそ私が、武田を好む所以である。最後に、武田信玄の言葉で好きな言葉を挙げておく。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵也」正に武田信玄の人への信頼や情を端的に表しているように思える。

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2007年

10月

16日

「内藤大助VS亀田大毅の試合について」

プロボクサー内藤大助は亀田大毅との選手権試合を反則攻撃にも屈せず大差での勝利であった。王者たるボクシングテクニックは見事であるがそれ以上に内藤大助という人物の人柄が目立った一戦にも思える。内藤は、イジメのあった時代もあり、悩んで胃潰瘍にまでなったという。そういう経験がボクシングを始めるきっかけで、今年六月まではバイトで生計を立てていたという。内藤は亀田に対し「折角いいものがあるから、反則などしないでもっと技術を磨いていけばもっとよくなるし、もったいない」と反則を受けたにもかかわらず、決して相手を非難して悪く言わないところに内藤という人物の人柄が滲みでている。辛いことをたくさん経験してきた苦労人であるからこそ相手への配慮や真摯な姿勢が窺える。また、内藤は応援してくれているファンへの熱い感謝がいつも絶えない。妻はいつもを支え正に内助の功である。このような遅咲きチャンピオンで、苦労人の内藤の頑張りは多くの人に希望を与えるだろう。それは辛いこと・困難があっても「頑張って精進していけば、そこには幸せな明るい未来が待っているという」ことへの証明でもある。内藤大助の人柄と歩んできた人生に感銘を受けた。これからも変らずに、驕らずに頑張っていってほしい。

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2007年

10月

09日

「学歴社会というものについて」

就職氷河期という時代から一転して時は学生の売り手市場となっているようだ。そんな中、プレジデントという雑誌の特集には企業が優秀な人材確保に苦戦していると同時に未だに学歴社会というものが存在するという事実を紹介している。確かに、仕事というものを的確にこなせる人材を求める企業側の考えは理解できるし、一つの目安に学歴を置くのもわかる。しかし、その特集で私が最も衝撃を受けたのは、男女間の恋愛や結婚率にも学歴という意識があるという。経済力や人生観などもあろうが私はそれはちょっと違うような気がする。男が女を愛し守っていきたいと考えたり、女が男に愛を感じて、寄り添っていきたいと思う心に学歴格差などの意識が生まれるのは間違っていると思うのです。映画「男はつらいよ」で渥美清が演じる車寅次郎がいうように「男が女を愛するのは理屈じゃない」ということを語っている。正にその通りだと思う。これは単に男女間だけでなく学歴だけにとらわれる輩は友達をもそういう尺度でみるのではないだろうか。友達に大事なものはその人間が清く正しい心であり、辛い時もいい時も分かち合えるかどうかであろう。男女の恋愛、友や親友というものはいずれも人と人とのこと。人というものを考える時に本来、人間性というものを曇りなき眼で見定めなくてはならないはずが、いつしか日本は学歴社会というしがらみの下に、真の人間を見抜くことを忘れているような気がする。生活は豊かになったが、心は失われていくようである。少なくともそういう観念や尺度を持たず清く・正しく生きていきたいと考える今日、この頃である。

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2007年

9月

27日

「次期総裁について」

 次期総裁は党内などでは福田氏が圧倒的優勢だそうだ。一方で国民の福田氏に対する声もまずまずだが、やはり国民の間ではキャラが目立つ麻生氏が勝っているようにとれる。しかし、小泉氏、安倍氏のようにキャラがあるいわゆる人気者的な総裁は今は不要。むしろ石橋を叩いて渡るような地味だが堅実性と地力を兼ね備えた福田氏のような人物が総理となるべき時ではないだろうか。福田氏は官房長官だったときのメディアなどの対応を見てもどっしり構えていて何事も毅然とした態度で臨んでいたという印象がある。そこには己の信念がしっかりしており、そこに断固とした判断力を兼ね備えているのであろう。恐らく政治的局面ではこの判断力がかなり優劣を決めるのではないかと推察する。福田氏の自信に満ちている現在の総裁への決意に期待したいものだ。

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2007年

9月

24日

「安倍元首相について思うこと」

先日、安倍首相は電撃辞任に至ったが、私は呆れることよりも相当な非難を浴び肉体的にはもちろんのこと、精神的にも疲れ果てていたような姿がうかがえると同時に、次から次へと浮き彫りにされた大臣たちの不祥事を抱えながら、何をやっても空回りしていた安倍元首相のことを一人の人間としてみたとき、正直かわいそうだと感じた。確かに政治は結果が全てであるのは言わずもがなである。しかし、安倍元首相は正直で、政治家である以前に人間味の温かな性格を持っており、それが裏目に出たのが大臣たちの不祥事の源ではともとれる。脇が甘いのかも知れないが、やはりノーという姿勢も時には必要だったかも知れない。一方で、許せないのは不祥事を起こした大臣たちが反省してないのは問題だ。安倍元首相は不祥事を起こしても辞任をさせず守ってくれたにもかかわらず、何の謝罪の色も見受けられない。人として守ってくれた安倍首相の為になんとか力になってやろうと考えるべきではないか。どんなことがあっても恩を仇で返すような世の中であってはならない。根が正直で心のある者が政治の世界だけではなく実社会でも成功・成果をあげてないケースの方が多いのではないだろうか。ズル賢い者ほどのし上がるのである。一生懸命頑張っているものが報われず、馬鹿をみるような世の中であってはならないし、そういう世界でないのは心が傷む。そんなことを一人間として思った次第である。

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2007年

9月

11日

「桑田真澄投手(3)

昨日、桑田真澄投手が公に現役続行を宣言していたところをテレビで拝見した。その宣言を聞いたとき私は熱いものがこみ上げてきた。それは嬉しさの涙だった。思えば桑田はストレスにより片目の視力がなく、さらに足の靭帯の損傷している状態でマウンドに立ち続けたという。きっとプレー中も不安で一杯であったであろう。そんなことを微塵も感じさせないところにプロフェッショナルな面を感じた。彼は診断で手術すればまだやれることを確認したら即座に現役続行の宣言。常に前向きに考えることと何より野球への愛がそこにあった。何か夢を持ち、一生懸命に努力し、挑戦する姿がなんと美しく素晴らしいことか。体裁や格好が悪くても野球を続けたいという思いはきっとみんなに伝わっているだろう。また、彼は野球を離れれば家族の良き父で息子は理解し、尊敬の念を抱いている。それをみていると家族とはかけがえのないものだと思い知らされる。どんなに苦しくても家族だけは常に見守っていてくれる。誰でも目標を掲げたら困難は付きもので、辛い、苦るしい、みんな同じ悩みを少なからず抱いている。そんなとき桑田は野球を通じて、己の信念を貫くこと、努力という歩みを止めず前向きに考え向かっていくことの大切さを語っている。野球に限らず、仕事もそうだが辞めることなどいつでもできるいかに辛抱強く続けていけるかもその人間の器なのだということを考えさせられた。桑田真澄の人生・生き方・姿勢から私は多くの勇気を貰うと共に大切なことをいろいろ教えてもらった。がんばれ!桑田真澄。

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2007年

9月

05日

「広島の前田選手をみて感じたこと」

プロ野球で広島カープの前田選手の2000本安打達成が報道されていた。前田は持ち前のバット・コントロールなどから若かりし頃より「天才」と称されていた。当時は理想の究極のバッティングというものを追求するため人一倍、ストイックに野球に打ち込む姿があった。しかし、アキレス腱を切るという怪我により、理想の究極的バッティングはもはや夢と化してしまった。そこで、前田の人生観も自己の成績より「チームのために」を合言葉に、全盛期のバッティングに近づくための努力をするという方向性に変った。野球選手に限らず、いろんなことに言えることだが、若くして才能があっても、人生の中での不運が人の人生観までも変えてしまう。しかし、人はそういう不運や挫折に直面したとき、どういう生き方・どういう姿勢で臨むかがその後の人生を決定づけていくのではないだろうか。決して腐らず、前向きに謙虚に歩み、努力していくことを続けていくことで2000本安打という偉業達成の御褒美が到来してきた。人は誰しも自分の理想通りに行く人生などごく稀である。そんな時こそ、努力という歩みを止めてはいけないと私は思う。前田選手の歩んできた人生観に色々、考えさせられた一幕でした。

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2007年

8月

28日

「王監督」

福岡ソフトバンク監督であり、ホームランキングの王貞治の特集がテレビで放映されていたので拝見した。王監督を尊敬し、弟子にあたる小久保・松中はスランプに陥っておりチームは低迷、そんな時でも、心の中でぐっと堪える王監督の姿があった。王監督は選手時代は、三振王の汚名を一時うけたこともあるが、努力と貪欲なまでの練習とそれを支える向上心で数々の試練を乗り越えてきた。そこには監督になった今も変わらない試練や困難に向かっていく姿勢がある。よく男は背中で語るものというがそういう王監督の歩んできた人生・人徳・姿勢という背中をみつづけているからこそ小久保・松中は揺るぎない尊敬の念を持っているのだろう。彼らが野球というもので迷っている時も、厳しいなかにも実に温かく選手を見守っている。思えば、彼が福岡(当時ダイエー)の監督になった時、チームが勝てず様々なヤジ、挙句の果てに生卵なども投げつけられたことがある。とても屈辱的な出来事であったであろう。しかし、そんな時でもぐっと堪えて、選手を鼓舞し続けチームを数年越しで常勝軍団に育て上げた。そんな王監督に私も尊敬の念がある。何か物事を成し遂げる時、様々な困難・試練があるが、辛くても耐えて立ち向かって行き、乗り越えていくというお手本を王監督は野球というものを通じて我々に示している。立ちはだかる壁にぶちあたった時も、歯をくいしばり耐え忍び努力すること、そこにきっと成功というものがあるのだろう。

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2007年

8月

20日

「萩本欽一が慕われる理由」

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2007年

8月

18日

「宮本文昭の音色に魅せられて」

私は日本屈指のオーボエ奏者、宮本文昭の奏でる音楽が好きである。一点の曇りもない澄み切った、美しく、なんともいえない柔らか味や味わいのある明日への「希望」に満ちた音色が私の心に響くからである。そこには、彼が若くして、ひたむきに努力・練習を積んできた人生の重みも醸し出している。彼の音楽を聴いていると妙に晴れやかになり、頑張ろうとする意欲が湧くのもそのためであろう。彼の曲の中で、「THE Aim&End」という曲があるが、これは長い人生のなかで何かをやり遂げた時に、その足跡を振り返るのにふさわしい曲だと思う。彼にしてみれば、音楽家としての人生を歩んできた道程を投映させているのではないだろうか。残念なことに、彼は、オーボエを引退してしまった。彼のオーボエをコンサートを通じて生で聴くことが出来なかったことが心残りである。

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2007年

8月

15日

「桑田真澄(2)」

本日の新聞での記事に桑田真澄投手戦力外の通告があった。その記事を読むやいなや自然と涙がこぼれた。確かに、スポーツの世界だけではなく実社会もそうだが、競争が激しく、評価もシビアなのは重々、承知の上であえて提言したい。もう少し長いスパンでみてほしいと同時にもっと立ち直るチャンスを与えてほしかった。確かに、甘い考えかもしれない。所詮、世は弱肉強食の世界。とりわけ、スポーツの世界はそうだ。しかし、数々の不運なプレーによる事故・怪我、普通ならなんでこんなに辛く不運で、ツイていない人生をと恨んでしまうことさえあるだろう。しかし、彼は、その困難を全て受け入れ、全力でプレーすること・努力することを怠らなかった。そして、全てのこと・今日という日まで野球を続けられて、メジャーで投げられたことへ「感謝」している。そんな桑田のことをメディアや記事を通じて知っているからこそ、私の心は、激しい涙で満たされた。記事に載っていた彼のコメントに「もう十分だ」という言葉があったが、私はもう少し野球を続けてほしい。そして、不死鳥のように甦る桑田を見たい。また、彼の真摯な姿勢で野球に取り組む姿は、多くの人に夢と希望を与え、勇気づける。一年でも長くプレーして欲しいものだ。

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2007年

8月

14日

「桑田真澄(1)」

元巨人の桑田真澄に大変、興味がある。巨人を辞める1年前、テレビの特番で特集が組まれていた。その番組の中で、桑田真澄の野球への想い、そして恩師藤田元司氏の言葉を語っていた。藤田氏は「ぼろぼろになるまで選手を続けるべきだ」という考えを桑田に贈った。その言葉が今も昔も変わらず桑田を支えている。また、彼自信も「周りからどう言われようと自分の人生なんだから、自分がどうしたいかだ」と述べていた。そこには確固とした桑田自信の信念があった。そして、今年、メジャー昇格を見事果たした。今まで、数々の怪我、屈辱的な出来事、周りからのバッシングなど多くの困難を受け入れ・乗り越えてきたのだろう。そいった人生や経験、努力が今の彼のピッチングからは滲み出ていて、観ていると思わず目頭が熱くなる。桑田真澄から教わったことは、周りを気にせず、自分の信念を貫き、失敗を恐れないで常に前向きに目標に向かって、コツコツ努力を続けることの大切さである。彼の独特の野球哲学や人生観は、後輩たちに多大な影響を与えると共に、良き手本になるであろう。

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2007年

8月

11日

「阿久悠の詞の世界に感銘」

先日、亡くなられた作詞家の阿久悠氏の特番がテレビで放映されていたので拝見したところ改めてその詞の独創性に深い感銘を受けました。特に気付いたことは、言葉の持つ力で真っ向勝負していることです。とりわけ、時折、擬音を使いながら極力横文字などは使わないところも実に魅力的であり、その詞からは風景が浮かんでくる。また、ジャンルも非常に多岐に渡っている。例えば、恋愛や愛をテーマにした内容でも、そこからさらに細分化して、悲しいテーマの恋と明るいテーマの恋等に分かれるのである。また、「時代おくれ」のような昔の寡黙な男を描いたもの、「舟歌」、「北の宿」、「北の蛍」などに代表されるようなその詞を観れば情景が浮かんでくるような類まであり、その偉大さを改めて思い知らされました。これら一連の作品を通じて、言葉の織り成す美しさや想像力、いわゆる言葉の持つ力がある詞で常に私たちの心を満たすという彼の一種の作詞家としての哲学を感じた。

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L'âge d'or /円谷尚智