「桑田真澄投手、お疲れ様でした。夢と勇気をありがとう!」

先日、桑田真澄投手が現役を引退した。花の彩とさわやかな風の舞うこの春の季節に、ユニフォームを着た野球人としての桑田はもういない。テレビで特集などが組まれていたが、改めて、その足跡を見ると相当、辛い野球人生であったと推察する。しかし、野球を十分やり遂げた顔からは、穏やかで晴々しささえ感じられる。若くして才能のあった桑田が不運を全て受け入れて、努力する姿は、常に私達の心を打った。
人からの嘲笑や時には屈辱的な言葉さえ言われたであろう。

怪我をしてから結果の出ない時の桑田を見て、私は辛いことから逃げずに努力すること・困難に立ち向かうことの大切さを教えられた。何より自分の信念を持ち、貫くことを知った。
桑田がよく言っていることで、「目標に向かって努力することが何よりも大切で、それが達成できたから偉いわけでもなく、達成できないからと言って駄目でもない。大事なのは、そこに向かうための過程が大事だ」というのである。この言葉を聞いた時、これは社会やスポーツ・勉学にも相通ずる言葉だと思った。つまり、世の中は、何でもある目標に向かって人々は切磋琢磨し、競争するわけであるが、成功した人を勝ち組と称し、成功できなかった人を負け組みというレッテルを貼るという残酷な部分がある。しかし、大事なのは、そこに向かっていく、ひたむきさや真摯に取り組むこと、どういう歩み方をするか・生き方をするかであるということを野球というもので桑田は私たちに語りかけている。そして、何か物事を通じて人間力を磨くことこそ大切であるということだ。
それは、時を経て、自分自身の大きな財産になるということを示している。人間は、幾度とある挫折を経験しても、あきらめてはならない。腐ったらお終いである。
また、親友清原も労いの言葉をかけていた。思えば、若い桑田と清原は、ドラフトの日以来、心の傷を引きずり、わだかまりがあったことだろう。しかし、二人とも巨人を出ることで元の仲の良い関係に戻った。桑田・清原を見ると、お互いに尊敬しあえる友人というのは、大変、素晴らしいかけがえのないものだと思う。もはや、桑田と清原の間に言葉はいらない。
桑田引退で、斉藤、槇原のかつての三本柱という一時代が終わった。決して、恵まれた野球人生ではなかった桑田は、野球への誇りと愛は、誰よりも深かったのではないだろうか。桑田の野球人生を見て、私は、夢や希望、たくさんの勇気をもらった。私のみならず、多くの人々、野球界での後輩たちに多大な影響を与えると同時に、模範となるであろう。
「桑田真澄投手、お疲れ様でした。本当に今まで、かけがえのない「心」を教えてくれてありがとうございます」とエールを贈るとともに、指導者桑田真澄となる日を願っている今日、この頃です。

L'âge d'or /円谷尚智