「失われゆく街並」

新年も明けて公式の写真を撮影しなおそうと行きつけの写真屋に足を運んだ。そのお店は、写真撮影に並々ならぬこだわりを持つ店主とスタジオさながらの設備のある写真屋である。
別段、写真を何に使うというのではなく、以前の証明写真がかなり古くなり現段階の写真を作っておきたいという思いから今回、新たに写真撮影をして証明写真を作りなおすに至った。

店に着くとシャッターが下りて閉まっている。ふと一枚の貼り紙に記載された内容を確認すると「昨年、12月を以って閉店とします。長い間ありがとうございました。」と書かれていた。
私は、今までこの写真屋との色々な思い出が回想され、心に得も言われぬような喪失感と深い寂しさに溢れ、激しい涙で心が満たされた。暫く店の前に佇んだまま言葉が出なかった。
思えば、浪人して大学受験用の証明写真を撮影して合格を手にした時も、初めて新卒で内定を掴んだ時の証明写真も重要な試みがある時は常に私はこのお店に写真を依頼していた。
そんな思い入れと共に歩んできた写真屋だからこそ何より悲しかった。また、このお店は、大正10年から開業し、何世代にも渡って受け継がれてきた老舗である。その地域に根付いた人々が昔から何かの記念があればよく赴いた名店だった。
閉店の原因は、やはりお客が激減したからではないだろうか。現代は、機械の精度などが上がったことにより証明写真でさえもスピード写真あるいはデジタルカメラで撮影しプリントするなど所謂、「デジタル化」が進んだことも大きな要因と言える。特にこのお店の写真は、一枚一枚を手焼きで仕上げるためコストも非常に高い。しかし、その分、とても完成度の高い写真を提供し、そのクオリティーは決してデジタルでは真似の出来ない技術や技巧が施されている。
私達の現代は、昔より遥かに物は豊かになり毎日の暮らしを営む上ではとても便利になった。
しかし、一方でこのような「マイスター」とも言うべき職人の技術や古き良き街の風情とも言うべき老舗はどんどん失われゆく。どんなに時代が変革しても職人の高い技術や手作りで仕上げていく物を私達はもっと大切にしていかなければならない。
職人の技術が如何に優れているかは周知のように、ドイツのギルドから発するマイスターと呼ばれる人々の頑なまでに磨き上げられた技術や技巧は精巧かつ洗練されたものであることからも一目瞭然と言えよう。
まさに長い年月の鍛錬の末に築き上げられた「職人技」である。また、歌手も秀でた人を「マイスタージンガー」(=親方歌手・職匠歌手)などマイスターの称号の一つで表現されるようにドイツでは「職人」というものが、大変、尊ばれている。
例えば入学・卒業の記念、成人式、結婚式あるいは家族の集合写真、お子さんの写真などこのような高い技術と手焼きで仕上げた何年経っても色褪せない記念写真があったらこの上ない感動があるのではないだろうか。きっとこの写真達が良き思い出を色鮮やかに蘇らせてくれるはずである。また、古くからその地域に根付いたお店や街並とは一体、何を物語っているのだろうか。それは、その街に住む人々の思い出であり、暮らしの営みであり、我々の記憶そのものである。現代ではこのような古き良き風土や街並というものが単に失われゆくだけではなく大切な思い出や記憶も同時に喪失しているのである。
そんな日々の失われゆく街並や今日の在り方に憂いと郷愁を抱いている今日、この頃である。

L'âge d'or /円谷尚智