「巨人・木村拓也コーチ逝去、その薫陶を胸に刻んで」

 巨人の内野守備走塁コーチの木村拓也氏が先日、くも膜下出血による容態悪化で帰らぬ人となった。37歳と実に若い死である。
思えば、木村氏は、日本ハムをドラフト外で入団し、鳴かず飛ばずの時代があった。173cm、75kgとプロ野球選手としては大変、小柄であるためヒットを打つにもそれなりのパワーを要するプロの世界では人知れずの苦労や色々なハンデがあったであろう。しかし、常に前向きな姿勢で野球と向き合い、人一倍多くの練習で技術を磨いた。守備においてもピッチャー以外は全てこなすまさにオールラウンドプレーヤーである。昨年、巨人はキャッチャーを3人全て使い果たし、絶体絶命の一戦があった。その時も自ら勇んでキャッチャーをかって出たのも彼であった。その結果、巨人は敗戦を免れると共に原監督が昨年のベストゲームとして選んだのもこの試合である。
私は、晩年、彼が巨人に移籍してTV中継を通じてプレーするのを拝見したがいつも一生懸命に全力でプレーし、勝負どころを察して燻し銀のような味のあるヒットを打つシーンはとても心に沁みたのを覚えている。まさにプロとしての誇りを持ちながら野球に徹し、職人のような選手であった。また、ヒーローインタビューでの「野球が大好きです。勝っても負けても野球は楽しいです。」という言葉には彼の野球に対する愛が込められているのではないだろうか。彼のようにドラフト外で入団し、しかも体格にも恵まれなくても自分の情熱と努力、何よりプロとしての誇りを抱きながら一途に打ち込み邁進して行けば、レギュラーを勝ち得て野球で成功することが出来るという模範を示した。
私達は、彼の真摯にひたむきに全力でプレーしたその姿、姿勢、言葉を決して忘れることはないだろう。
巨人を引退する時のセレモニーで家族に「いつも支えてくれてありがとう。パパ、頑張ったよ」と言った彼の姿を見た時に思わず目頭が熱くなった。
それは、今まで彼が如何に気を張ってプロ野球の世界で努力・精進をしてきたかの全てが浮き上がってきたからに他ならない。
今後、巨人軍の選手は、木村氏からいただいた薫陶を胸に刻みながら日本一達成を目指してほしいと切に願う。
しかしながら、37歳の若すぎる死は、彼自身もまた夢や志半ば故に非常に無念であったであろう。大変、不条理の感が否めない。

木村コーチ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

L'âge d'or /円谷尚智