「感銘を受けた言葉」

世の中には、頑張っている人が認められなかったり、あらぬ誤解・誹謗・中傷・曲解・嘲笑など不条理なことが数多ある。そんな時、私はある言葉を思い出す。福澤諭吉が勝海舟の批判を著した「痩せ我慢の説」という本を出すにあたって、勝海舟に了承を得ようとした時、これを了承するとともにある手紙を福澤諭吉に宛てた。「行蔵は我に存す 毀誉は他人の主張、我に与(あづ)からず我に関せずと存じ候」という言葉があった。
これは「私の思うことや行なってきたことは私にしかわからない。人から貶されたり、誉められたりするのは、他人の言うこと。私にとっては関わりないし、関係ないことなのだ。」ということである。この言葉が福澤諭吉の心に刺さり、勝海舟が生きている間はついに本を出版することが出来なかった。勝海舟を師と仰ぐ坂本竜馬も、秘めた意味合いは異なるが似たような言葉を残している。「世の中の人は、何とか言わば言え、我の為すことは我のみぞ知っちょる」ということで「世の中の人になんて言われようと、自分の行なってきたことは自分にしかわからない。」ということです。
伝えたいことは、人の口に戸はたてられないから、周りから言われたことや小さな物事で悩んだり、考えたり、迷ったりするなということではないだろうか。
さらに、勝海舟は、人間とはかくあるべきだということを表した言葉がある。
「自処超然」物にとらわれない気持ちを持て
「処人藹然」人と接するときは相手を楽しませよ
「無事澄然」何も無い時こそ澄んだ水のように
「有事斬然」何かあるときは決然として行動に出よ
「得意淡然」得意のときこそあっさりとし、
「失意泰然」失意のときこそ泰然自若としていることが大切なのだ。
私は、この言葉に、人間の根底にある源流や元来の在り方を教え諭された。昔の偉人は、本当に為になる言葉・格言や心に響く言葉を残したとつくづく感心する。困難や苦境な時こそこのような言葉を心に留め、毅然とした信念を貫くことの大切さを知ると共に、深い感銘を受けました。

L'âge d'or /円谷尚智