「TPP論~日本国家を揺るがす問題点を巡って~」

今日の日本の政治においてTPPを巡る問題は、まさに日本の国政の行末を左右すべき大きな争点となっている。
2010年10月1日の菅総理の所信表明演説では、「平成の開国」と銘打ってTPPへの参加に向けた意向が宣言された。
TPPとは、周知のように「環太平洋経済連携協定」(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)のことである。
元々、2006年にAPEC参加国であるシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの四ヵ国で発効したEPA(経済連携協定)(=通称・P4協定)が基礎となっている。
当時は、経済力としては、比較的に小規模国家の参加だけであったことからそれほど注目を集めなかったが、アメリカがTPPへの参加を表明して以来、一躍、脚光を浴びることとなった。現在では、原加盟国四ヵ国に加え、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアの五ヵ国を追加した九ヵ国で拡大交渉中である。
TPPの主な目的は、加盟国間の自由貿易化であり、2015年までに取引される全品目に対する関税の完全撤廃を目指している。
また、TPPの取引において「包括的経済連携」として具体的に検討されている事項は、(1)首席交渉官協議、(2)市場アクセス(工業製品)、(3)市場アクセス(繊維・衣料品)、(4)市場アクセス(農業)、(5)原産地規則(原産地品証明制度)、(6)貿易円滑化(税関手続きの簡素化)、(7)SPS(衛生植物防疫)、(8)TBT(貿易上の技術的障害)、(9)貿易救済(セーフガード)、(10)政府調達、(11)知的財産権、(12)競争政策、(13)サービス(越境取引)、(14)サービス(商用入国)、(15)サービス(金融)、(16)サービス(電気通信)、(17)サービス(電子商取引)、(18)投資、(19)労働、(20)環境、(21)制度的事項、(22)紛争解決(政府間による協議)、(23)協力(人材育成等)、(24)分野横断的事項特別部会(中小企業、競争、開発、規制関連協力)の24分野となっている。
(※上記、24分野については、外務省HP内資料「TPP協定交渉の概括的現状(12月)」及び国家戦略室HP内資料「包括的経済連携の現状について(11月)」を参照により作成)
上記、いずれの分野においても様々な問題点が考えられ、日本は、不利益を受けると同時に国家基盤を揺るがす危険性を伴うことが予想される。
歴史的に紐解けば、世界に向けたアメリカのグローバル化戦略は、アメリカの規制・規律を各国に普及させて、常に自国にとって有益であり、競争有利な立場を創り出すことで利益が還元出来得る仕組を推進してきた。
また、日本においては、戦後、日米同盟の下にアメリカの傘下に入っている。従来から日本にとってアメリカの意向や圧力は、極めて影響力が強く、日米の政治的な背景や交渉を一つ取って見ても日本が如何にアメリカに隷属してきたかが一目瞭然である。今回のTPPも例外ではなく、まさにアメリカが主導権を握り、舵取りをしていくことに相違ない。
今日、アメリカは日本のTPP参加に対して異様なまでの圧力と早急な対応を要求している。一方で、日本は、鳩山政権からの米軍基地問題によりアメリカの抱く不信感は増し、小沢一郎を含む対中政策などで日米関係の悪化は、顕著に露呈された。さらに、これに追い打ちをかけるように2010年9月の尖閣諸島事件が勃発するのである。中国に脅威を感じた日本は、手の平を返して日米関係の修復に向けた。TPP参加についてもアメリカの御機嫌を損ねないために参加せざるを得ない状況にある。
ところで、TPPにおけるアメリカの狙いは、如何なるところにあり、日本の参加を執拗に急がせるのは、一体、何故だろうか。
日本は既に他のアジア圏諸国とEPA(経済連携協定)交渉が推し進められている。これに対して、アメリカは、アジア圏諸国との経済連携や交流では遅れをとっている。それ故に焦りを感じているのであろう。従って、アメリカにとってTPPは、遅れているアジア圏諸国との経済連携の輪の中に参入するための戦略であり、出来るだけ早期に実現したいのである。
さらに、このTPPを利用して日本を取り込んだ上で、未だ参加表明はしていないが今やGDPにおいて世界第2位にまでなった経済大国である中国との国交・貿易による交流を見据えている。また、アメリカのTPPにおける経済面の目的とは、貿易の自由化によって輸出量を大幅に増大させ、自国経済に利益を還元して国内の雇用を拡大するという自国政策戦略の一環なのである。
日本は、このTPP参加を巡って、先述した「包括的経済連携」における24項目の取引内容の中でとりわけ国家基盤を揺るがすほどの危険性を伴うことが予想される事項が四点ほどある。
一点目は、アメリカがTPPに最も力点を置いている「サービス」分野が抱える問題についてである。アメリカは、サービスを中心とした貿易を行う輸出国であるのでサービス分野に力を入れる姿勢も頷ける。TPPにおけるサービス分野は、「越境取引」、「商用入国」、「金融」、「電気通信」、「電子商取引」の5つが該当するが、とりわけ「金融」については、大きな問題を抱えることが考えられる。日本の保険業界での外資との競争、郵政民営化による簡保(=簡易生命保険)等の問題が挙げられる。
アメリカは、1990年代半ばより日本における民間の保険市場への参入を要求した。日本は、保険業法を改正することでアメリカの日本の保険業界への上陸を許し、外資系保険会社との熾烈な競争を余儀なくされた。その後、次なるアメリカの狙いは、「簡保」(=簡易生命保険)に移った。簡保の抱える100兆円以上ある莫大な総資産は、アメリカにとって実に魅力的であったが、当時は、日本が国有化しているために外資が買収することは到底、不可能であり手出しが出来ない状態であった。
ところが、小泉政権における郵政民営化によって郵政公社を四分社化して、簡保とゆうちょ銀行において政府が100%所有する株式が外資の買収の対象になってしまったのである。この時、日本郵政における株式と資産に対する売却凍結法が施行されたので当該株式が外資に買い占められずに海外流出を危うく免れた。今後、TPPにおいてこれらが再び崩れかねない危機的状況が十分に予想される。また、アメリカが国内の保険業界への更なる進出が想定されるのは農協の「共済」であろう。このようにアメリカは、自国利益のために日本の保険業界に次から次へと標的を絞りながら進出しようと試みているのである。
二点目は、「投資」分野が抱える問題についてである。アメリカは、1980年代後半より投資のグローバル化という、所謂、投資の自由化を目指した。しかし、WTOでの投資政策をはじめ、OECDにおけるMAI(多国間投資協定)、FTAA(米州自由貿易地域)などにアメリカの投資方針の推進・交渉を進めてきたが全て各国から断られる結果となった。各国は、アメリカに対して自国経済が支配されてしまうのではないかという強い懸念を一様に示した。アメリカの投資の基本理念は、「内国民待遇」という外資を国内企業と同等に扱うことが挙げられる。これは、他国における外資への規制を廃除して、他国でアメリカの企業や投資ファンドが自由に利益追求を図ることが出来るという狙いがある。
従って、経済大国であり、巨大な資本力を持つアメリカに経済を支配され、各国が事実上の傘下に入りかねない危険性が想定され、今回のTPPにおける日本にとってもまた同様な危険性が生じる問題と考えられる。また、アメリカ資本の傘下に入る企業は、株主の利潤追求に有り、現在より一段と厳しいリストラなども含めた米国式の成果主義が採用されるであろう。
三点目は、「市場アクセス」分野における「農業」の抱える問題についてである。日本の穀物の自給率は、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスよりも大幅に低く、外国からの穀物の輸入によって大方を賄っていると言える。
従って、日本人の主食である米まで自由化することは、まさに食料全体の自給率を大きく低下させ、危機的状況に堕ちると言っても過言ではない。これは、国家として自給して自立が出来なくなることを意味する。
また、一方で、同じ食料という分野で大きな争点となりそうな問題が牛肉の輸入についてであろう。BSEに関する全頭検査をはじめ、その他における徹底した衛生面の管理体制が必要となってくる。但し、海外は、日本ほど衛生管理は、行き届いていないのでこれらで発生する様々な病気・疾病のリスク、健康面への侵害などが考えられるので要注意事項である。
四点目は、未だTPPの検討事項では挙がっていないが、この他にアメリカが狙っている分野があるとすれば、それは「医療」に関する分野であろう。アメリカは、既に小泉政権時代に混合診療の解禁を強く求めた。この混合診療とは、厚生労働省認可の保険診療と保険が適用されない非認可による保険外診療を併用するという内容である。小泉政権では、混合診療を高度・先進医療分野に限った部分的な承認をした形であり、いずれ保険診療に移すという目論見があった。しかし、これらの概念が崩壊すれば、政府の許可を受けず、価格是正のされない薬がいつまでも保険診療に移行されず、高額負担のまま永続的に日本で使用されることになろう。
一方で、外国人医師の受け入れについても既に検討されている。もし、外国人医師の国内での診療が可能になれば、必然的に高額負担の混合診療が全面的に解禁の方向へと推し進められてしまうことになる。
今や日本は、否応無しにTPPへの参加を余儀なくされている。勿論、参加しなければ、日米同盟における友好関係の悪化、さらには、国際化の昨今においては、当然、孤立して取り残されてしまうであろう。日本は、世界的な経済力では、未だ上位であるが、国土の広大なロシアや中国のような自国経済力だけで運営していけるほど強力な経済基盤ではないという弱みもある。しかし、TPPに参加するにあたっては、先述した懸念事項も踏まえながら日本の国政、国民の安全等、如何なることがあっても死守すべき事項については、断固として強い姿勢で交渉に臨み、例外措置としての除外事項及び規制や特別な定めを創出することこそが最も枢要なことである。日本国民が傷みや苦しみを伴い、国家が路頭に迷うような忌まわしき事態は、決して避けなければならない。
今こそ我々国民と政治家、各省庁機関が三位一体となって、守るべきものに対する確固とした信念と意志の下に強固な対応を貫いていくべきではないだろうか。

L'âge d'or /円谷尚智