ドラマ「下町ロケット」における表象と人気の理由について

2015年に最も人気を博し、多くの視聴者の支持を得たTVドラマと言えば、TBS系ドラマの「下町ロケット」であろう。「下町ロケット」は、「半沢直樹」、「ルーズヴェルトゲーム」でお馴染みの池井戸潤による小説で、描き方や形式こそ違えど「ルーズヴェルトゲーム」と類似したテーマとして作られている。ドラマ「下町ロケット」では、第1話から第5話を「ロケット編」、第6話から第10話を「ガウディ計画編」の二部構成でストーリーが展開される。

「ロケット編」では、阿部寛の扮する主人公の佃航平は、宇宙開発機構の研究員であったが、ロケット打ち上げにおける失敗の責任を半ば強制的に取らされ、自分の父親の経営していた下町の工場を継ぐ道を選んだ。ロケット打ち上げ失敗の原因は、ロケットのキーテクノロジーであり、キーデバイスであるバルブシステムに問題があったことに気付いていた佃航平は、密かに競合他社の真似の出来ない高性能なバルブシステムを研究・開発し、特許申請及び製品化して、ロケットを宇宙に飛ばすという大きな夢を心の中で抱いていた。

ドラマ序盤は、主要取引先の京浜マシナリーからの突然の取引停止、資金繰り難の打開策としてメインバンクの白水銀行への3億円の融資申請、更には、大企業であるナカシマ工業からの特許侵害訴訟等、数々の困難な問題が次々と発生する。資金不足の佃製作所にとっては、これらの問題が長期化すれば倒産に陥ってしまう状況であった。そのような中で、大企業である帝国重工の宇宙航空部長の財前より佃製作所のバルブシステムの特許を20億円で譲って欲しいという交渉を持ち掛けられる。しかし、ナカシマ工業との特許侵害訴訟を逆訴訟という形で勝訴し、和解により資金を得た佃製作所は、帝国重工との取引を特許の譲渡や特許使用契約ではなく、帝国重工への部品供給という提案をする。

帝国重工としては、下町の中小企業からの部品供給では大企業の面子が立たないとして社内では大きな反対にあった。部品供給を受け入れてしまうと中小企業の佃製作所の技術力のほうが大企業の帝国重工より優れた技術力を持っているということを暗に認めてしまうことになる。

財前は、部品供給によるバルブシステムの取引を断る方向で考えていたが、佃製作所の作業工程を目の当たりにした時、佃製作所には、大企業をも凌駕する程の卓越した高い技術力があることを実感し、部品供給も有り得ると考えを改める。その後、行く手を阻む意図的な妨害もあったが、無事、帝国重工の製品テストをクリアし、最終的には財前が社長の藤間に7年前のセイレーンのロケット打ち上げの失敗の原因はバルブシステムであり、帝国重工のスターダスト計画の成功には佃製バルブシステムの搭載が不可欠であるということを訴え、その説得に成功する。これを受けて、佃製作所から帝国重工への部品供給が認可されたのである。開発・準備は順調に進み、ロケット打ち上げが成功して、帝国重工及び佃製作所の社内は、沢山の社員やスタッフ達の歓喜と感動の涙で満たされた。

 第二部の「ガウディ計画編」では、「ロケット編」から三年後の世界が描かれる。ロケット打ち上げ成功後も順調に業績を伸ばしていた佃製作所は、ある時、精密機器メーカー最大手の日本クラインから動作保証90日の小型バタフライバルブの試作品開発の依頼を受ける。一方、帝国重工の企業懇親会で財前と久しぶりに再会した佃航平は、今後のロケットのバルブシステムの採用については、コンペ方式としたいとの打診があった。その後、日本クラインとの取引は、NASA帰りのサヤマ製作所社長の椎名の周到な根回しと策略によって奪われる。椎名社長の背後には、アジア医科大の心臓外科部長貴船の存在があり、サヤマ製作所を強力に後押しした。時を同じくして、帝国重工におけるロケットのバルブシステム採用のコンペでも製品の性能では、佃製作所のほうが優れていたが、サヤマ製作所の椎名が、帝国重工宇宙航空部の調達グループ部長の石坂と結託し、巧みな根回しによって、性能面では劣るサヤマ製バルブシステムが採用される形となった。

一方、佃製作所に在職していた元社員の真野から「ガウディ」という心臓に埋め込む人工弁の開発依頼が舞い込んできた。この人工弁の開発が成功すれば、多くの心臓病で苦しむ患者を救うことが出来るという。この分野は、問題や課題が多いことに加え、人命に関わるという高いリスクが伴うことで、初めは、この依頼を受け入れることを躊躇していた佃は、元社員の真野、ガウディ計画に取り組む一村、共同開発者の株式会社サクラダの桜田社長の情熱と多くの心臓病患者に明るい笑顔に溢れた人生を送ってもらいたいという夢に心を打たれて全面的に人工弁開発に取り組む決意をする。開発を進める中、サヤマ製作所の椎名が策略を巡らせ、行く手を阻むが、この開発を進める一村をはじめ、佃製作所の開発チームの不眠不休の努力が、徐々に成果の形になりつつあった。

この頃、一村の師である貴船は、人工心臓の臨床試験を開始していたが、臨床試験患者の容態が悪化し、急死という事態に追い込まれる。同時に、この開発に着手していたサヤマ製作所にも事態の矛先は向けられた。その後、サヤマ製作所が、データ偽装をした製品を使用したことが明らかとなり、一気に劣勢に立たされる。このことを受けて、佃製作所は、人工弁の実用化に向けて開発を進める。また、このデータ偽装の情報を前以て得た帝国重工の財前は、リスク回避する趣旨から既にサヤマ製バルブシステムを次回のロケット打ち上げに採用することが決定していた案を全て白紙撤回させ、次回も佃製バルブシステムを使用することを社長に説得する。斯くして、人工弁の開発にも成功し、自分の夢であるロケットのバルブシステムの採用も叶い、今回のロケット打ち上げも成功に終わり幕を閉じた。

 

 物語の全体を通して、このドラマが描きたかったことは、一体、何であろうか。また、何故、昨今のドラマ不況の中、予想以上の人気を得られたのだろうか。

 このドラマには、メインフレーズにある「夢にまっすぐ」のように人間は、大きな夢と憧憬を持ち、それに向かって自分の信念と一途な情熱を傾けながら邁進していくことの大切さが描かれている。また、中小企業ではあるが、大企業をも凌駕する程の卓越した冴え渡る優れた技術力を誇り、確固とした信念、意地とプライドの気概を持つように、私達も日々、そのような姿勢を持つことの尊さが謳われている。

 一方で、ドラマ「下町ロケット」が、何故、人気を得られたかの理由は、実に明快である。佃製作所は、中小企業でありながらも大企業をも凌ぐ高い技術力に裏打ちされた高性能な製品を提供することで互角以上に渡り合っている姿に視聴者が心を打たれているのである。それはいみじくも日本も世界から見れば、小さな国ではあるが、世界と渡り合える経済力や製品力に意地とプライドを持ちながら生きてきた日本人そのものの気概や気質に相通じることであると言えよう。特に日本人は、昔から弱者に対して同情の心を持ち非常に優しい。所謂、「判官贔屓」の風土というものにもよく合っている。また、佃製作所が、中小企業というレッテルを貼られ大企業から見下されたように、私達の日々の生活においても様々なレッテルを貼られ蔑まれるようなことは数多ある。それ故に、視聴者は、皆、このドラマに対して、少なからず自分の人生や立場を重ね合わせ、我が事のように共感された方が多いのではないだろうか。そして、佃製作所の大企業にも勝る優れた技術力のように自分の誇るべき核となるような何かを重ねながら観ていたのではないだろうか。更に、佃航平が、「技術は嘘をつかない。」、「どんな難問にも必ず答えはある。」、「技術者は自分の無力さを知っているよ。毎日、壁にぶつかってばかりだ。だからこそ毎日、必死に腕を磨いて、徹夜で開発に没頭している。次こそはって信じている。」、「培ってきた技術力だけは奪えない。正義は我にありだ。」等の熱く語る言葉も心に響き、我々の胸を強く打ち、思わず目頭が熱くなったはずである。

 以上のようなことが、このドラマの人気の大きな理由の一因である。しかし、予想以上に人気を得た理由の最も枢要な要因は別の側面にある。

 それは、時代が、正に主人公の佃航平のように大きな挫折があっても地道な努力を続け、どんなに辛く苦しい難題にも歯を食いしばりながら、自分の確固たる信念の下、溢れんばかりの熱い情熱を傾け、真摯な姿勢で、常に前を向いて歩いていく人間を求めているのである。同時に、人と人とが支え合い、手を取り合いながら自分達の意地とプライド、信念を強く持って、お互いの信頼関係の上で、同じ目標に向かって邁進し、涙ながらにその達成の喜びを分かち合うということに今日の日本は枯渇しているのである。つまり、私達、日本人が忘れかけていた古き良き時代の大切な心や気概を思い起こさせてくれるからこそ予想以上に大きな人気となったことに他ならないのではないだろうか。端的に言えば、このドラマは、正しく日本が高度経済成長を遂げ、世界と渡り合えるように切磋琢磨し、努力してきた日本という国が歩んできた縮図なのである。

L'âge d'or /円谷尚智